尿検査

2008年09月03日

ある朝会社に出勤してみると、全従業員に紙コップが配布され、上司から「諸君は責任ある行動をとらなければならない。ただちに尿を提出するように」と告げられる。集められた尿については、直ちに、専門家が、簡易検査キットを使って、覚せい剤と大麻の有無を検査する。会社は陽性反応が出た従業員の氏名をマスコミに発表し、さらに警察に通報する。警察は従業員を警察署に「任意同行」して薬物使用について取り調べる。

日本相撲協会がやったのは、要するにこういうことである。

われわれはいつ排泄するかの自由を持っている。そして排泄した尿の処分について誰からも干渉されない自由も持っている。これらの自由はプライバシーの領域であり、それは人間の尊厳に由来している。

警察は裁判官の発行する令状がなければ個人の尿を強制的に入手できない。そして、裁判官は、証拠として尿を必要とする具体的な犯罪の嫌疑が証明されないかぎり、令状を発行することはできない。国家は個人に対して「潔白を示す」ことを要求できないのである。犯罪の証拠を必要とする国家の側で犯罪の嫌疑があることを示さなければならないのである。

これらはすべて日本国憲法の要求である。

今回の日本相撲協会と警視庁の共同作業は、この日本国憲法の要求を無意味にしかねないものである。このようなことが許されるならば、警察は、証拠を集めて裁判所に令状を請求するなどという面倒臭いことをやめて、様々な企業や団体に対して、簡易検査キットを無償で配布して、抜き打ち尿検査をするように奨励し、その結果の報告をもとめればよい。

力士になるということは排泄の自由を放棄することを意味しない。彼らから尿を入手するためには彼らに選択の自由を与えて、任意の承諾を得なければならないはずである。検査結果を警察に通報するのであれば、そのことも力士に教えておかなければならないであろう。しかし、今回の「抜き打ち検査」が行われる前にこのような手順が踏まれたという話は全く聞かない。検査の準備は極秘に進められ、別の用事で集まった力士にいきなり採尿用の紙コップが配られたということである(朝日新聞9月3日朝刊)。

プロのスポーツ選手になるということは、こうした抜き打ち検査を受けても良いという「推定的承諾」があるのだ、という考え方もあるかもしれない。空港で手荷物検査を受けたりバッグを開くことについては、安全なフライトと引き換えに承諾することが推定されている、と考えられるのと同じように。この論理を認めるとしても、しかし、検査結果を無断で警察に通報することまでの承諾を推定することはできないだろう。

相撲協会の次はどこなんだろうか。普通の企業が従業員に突然紙コップを渡す日は来るのだろうか。


plltakano at 21:44コメント(2)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加
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高野隆

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