冤罪
2008年06月14日
1994年1月の日曜日、オランダ、ゲルダーランド州のプッテンというところで、23歳のフライト・アテンダント、クリステル・アンブロジウスが森の中の祖母の家で強姦され刃物で刺殺された状態で発見された。事件当時現場付近で青緑色のメルセデスが目撃されていた。
似たような色のメルセデスを所有するゲリット・シュチャードが取調べを受けた。彼は日曜日に義理の息子のハーマン・デュボアとウィルコ・ビエット、それにヴィレム・ベティンクと一緒に付近をドライブをすることがあった。
4人はその後長期間にわたって多数回の取調べを受けた。ハーマンとウィルコは被疑者として身体拘束され、それぞれ67回と43回の取調べを受けた。ゲリットとヴィレムは目撃者として、21回と61回の取調べを受けた。当初は4人とも現場に行ったこと自体を明確に否定していた。しかし、取調べが進むうちに、ゲリットのメルセデスでドライブしていてクリステルに出会ったことを思い出したと言い、さまざまな場面をフラッシュのようなイメージで次々に思い出していった。
最終的にはハーマンとウィルコが順番にクリステルを強姦し、包丁で首を刺して殺したことを自白した。そして、ゲリットとヴィレムはそれを見ていたと供述した。公判ではハーマンとウィルコの自白が採用され、ゲリットとヴィレムは検察側証人として犯行を目撃したと証言した。ハーマンとウィルコは公判の途中で自白を撤回したが、有罪とされ懲役刑を言い渡された。
しかし、DNA鑑定の結果クリステルから採取した精液は4人のいずれのものとも一致しないことがわかった。そして、心理学者のレポートによって、4人に対して虚偽記憶を誘発させる危険を伴う尋問方法――記憶の注入、仮定的に語らせる、偽計、他者の供述の提供、犯行の細部の提供、想像することを求める――が多用されていること、記憶喚起の過程が「記憶回復セラピー」におけるそれと似ていることが指摘された。さらに、家族や知人たちもハーマンたちのアリバイを証言するに至った。
オランダ人間科学高等研究所研究員及びライデン大学教授のヴィレム・ワーグナーによると、本件で使われた、虚偽記憶を誘発しやすい尋問方法は次のようなものであった。
1 記憶があいまいな被疑者に記憶を植え付ける:例えば、ハーマンは現場に行ったという記憶がないと言っているにも関わらず、捜査官は「ゲリットが何でお前は車をそんなに飛ばすのかと聞いてきたとき、お前はなんて答えたんだ」と尋ねた。この尋問がハーマンの印象に残っており、その後、彼はゲリットの供述に符合するイメージを作り出した。
2 被疑者に仮定的な話をさせる:捜査官はウィルコに対して、被害者が刺殺された後、何をすることができたか想像してみることを求めた。ウィルコはこう答えている:「僕はきれい好きなので、掃除をするだろう。被害者の横にひざまづいて、いろいろはものを拭きとるんじゃないかと想像します。……被害者は裸だと思いますので、何か毛布のようなものを掛けてあげるんじゃないかと想像します」。このような想像によって心の中に具体的なイメージが作られ、後にそれが真正の記憶と混同される。
3 あからさまな偽計(ねつ造した鑑定結果を示すことを含む):捜査官はハーマン・デュボアのズボンから発見された繊維が、クリステルの祖母の家の玄関マットの繊維と一致したと告げた。実際には、そのドアマットはどこにでもあるものなので、そのように言うことはできない。この尋問がなされた翌日、ハーマンは「僕はその家に行ったに違いないと思います。だけど、不思議なことに、いまはその家で何が起こったのか全然覚えていないのです。何とか思い題したいです」と供述した。そして、彼はその後熱心に記憶を求めるようになるのである。
4 他の共犯者の供述と対決させる:ハーマンは、ウィルコが「ハーマンはクリステルを捕まえて彼女に襲いかかった」と言っているぞと捜査官に告げられた。ハーマンをこれを否定したが、その後自分の記憶に自信が持てなくなった。実際には、ウィルコはそのような供述はしていなかった。
5 実際に起こった出来事の詳細を教える:予審判事はウィルコに、被害者は首と喉を刺されていることを教えた。これが後の彼の供述に影響を与え、彼が事件について知っていると考えられた。
6 被疑者に推測を求める:捜査官は、ハーマンに凶器はどこにあったと思うか、と推測を求めた。彼は、戻ったとき車のトランクが開いていたので、そこにあったと思うと答えた。また、ナイフはゲリットの家かウィルコの家の井戸に捨てられたと思う、と答えた。このような推測の一つが正しいと、やはり被疑者は事件のことを知っていると思われてしまうのである。
被告人らの控訴は棄却されたが、最高裁判所は有罪判決を破棄した。2002年4月、差戻し後の控訴裁判所はハーマンとビエットに無罪を言い渡した。2人は8年ぶりに釈放された。
そして、事件から14年経過した2008年5月20日、ゲルダーランドの警察は33歳の男をプッテン殺人事件の容疑者として逮捕した。2005年に施行された法律により警察は有罪宣告を受けた者のDNAプロファイルを保管できるようになった。本年4月に男のDNAプロファイルが警察のデータベースにエントリーされた。そして、彼のDNA型がクリステルから採取された精液などのDNA型とマッチしたのである。
参考文献:
Willem A. Wagenaar, False Confession after Repeated Interrogation: the Putten Murder Case, European Review, Vol.10, No4, 519-537 (2002)
Justitie, 23 May 2008, Press release, DNA hit in Putten Murder-case.
DutchNews.nl, Man Arrested for Putten Murder, 20 May, 2008.
似たような色のメルセデスを所有するゲリット・シュチャードが取調べを受けた。彼は日曜日に義理の息子のハーマン・デュボアとウィルコ・ビエット、それにヴィレム・ベティンクと一緒に付近をドライブをすることがあった。
4人はその後長期間にわたって多数回の取調べを受けた。ハーマンとウィルコは被疑者として身体拘束され、それぞれ67回と43回の取調べを受けた。ゲリットとヴィレムは目撃者として、21回と61回の取調べを受けた。当初は4人とも現場に行ったこと自体を明確に否定していた。しかし、取調べが進むうちに、ゲリットのメルセデスでドライブしていてクリステルに出会ったことを思い出したと言い、さまざまな場面をフラッシュのようなイメージで次々に思い出していった。
最終的にはハーマンとウィルコが順番にクリステルを強姦し、包丁で首を刺して殺したことを自白した。そして、ゲリットとヴィレムはそれを見ていたと供述した。公判ではハーマンとウィルコの自白が採用され、ゲリットとヴィレムは検察側証人として犯行を目撃したと証言した。ハーマンとウィルコは公判の途中で自白を撤回したが、有罪とされ懲役刑を言い渡された。
しかし、DNA鑑定の結果クリステルから採取した精液は4人のいずれのものとも一致しないことがわかった。そして、心理学者のレポートによって、4人に対して虚偽記憶を誘発させる危険を伴う尋問方法――記憶の注入、仮定的に語らせる、偽計、他者の供述の提供、犯行の細部の提供、想像することを求める――が多用されていること、記憶喚起の過程が「記憶回復セラピー」におけるそれと似ていることが指摘された。さらに、家族や知人たちもハーマンたちのアリバイを証言するに至った。
オランダ人間科学高等研究所研究員及びライデン大学教授のヴィレム・ワーグナーによると、本件で使われた、虚偽記憶を誘発しやすい尋問方法は次のようなものであった。
1 記憶があいまいな被疑者に記憶を植え付ける:例えば、ハーマンは現場に行ったという記憶がないと言っているにも関わらず、捜査官は「ゲリットが何でお前は車をそんなに飛ばすのかと聞いてきたとき、お前はなんて答えたんだ」と尋ねた。この尋問がハーマンの印象に残っており、その後、彼はゲリットの供述に符合するイメージを作り出した。
2 被疑者に仮定的な話をさせる:捜査官はウィルコに対して、被害者が刺殺された後、何をすることができたか想像してみることを求めた。ウィルコはこう答えている:「僕はきれい好きなので、掃除をするだろう。被害者の横にひざまづいて、いろいろはものを拭きとるんじゃないかと想像します。……被害者は裸だと思いますので、何か毛布のようなものを掛けてあげるんじゃないかと想像します」。このような想像によって心の中に具体的なイメージが作られ、後にそれが真正の記憶と混同される。
3 あからさまな偽計(ねつ造した鑑定結果を示すことを含む):捜査官はハーマン・デュボアのズボンから発見された繊維が、クリステルの祖母の家の玄関マットの繊維と一致したと告げた。実際には、そのドアマットはどこにでもあるものなので、そのように言うことはできない。この尋問がなされた翌日、ハーマンは「僕はその家に行ったに違いないと思います。だけど、不思議なことに、いまはその家で何が起こったのか全然覚えていないのです。何とか思い題したいです」と供述した。そして、彼はその後熱心に記憶を求めるようになるのである。
4 他の共犯者の供述と対決させる:ハーマンは、ウィルコが「ハーマンはクリステルを捕まえて彼女に襲いかかった」と言っているぞと捜査官に告げられた。ハーマンをこれを否定したが、その後自分の記憶に自信が持てなくなった。実際には、ウィルコはそのような供述はしていなかった。
5 実際に起こった出来事の詳細を教える:予審判事はウィルコに、被害者は首と喉を刺されていることを教えた。これが後の彼の供述に影響を与え、彼が事件について知っていると考えられた。
6 被疑者に推測を求める:捜査官は、ハーマンに凶器はどこにあったと思うか、と推測を求めた。彼は、戻ったとき車のトランクが開いていたので、そこにあったと思うと答えた。また、ナイフはゲリットの家かウィルコの家の井戸に捨てられたと思う、と答えた。このような推測の一つが正しいと、やはり被疑者は事件のことを知っていると思われてしまうのである。
被告人らの控訴は棄却されたが、最高裁判所は有罪判決を破棄した。2002年4月、差戻し後の控訴裁判所はハーマンとビエットに無罪を言い渡した。2人は8年ぶりに釈放された。
そして、事件から14年経過した2008年5月20日、ゲルダーランドの警察は33歳の男をプッテン殺人事件の容疑者として逮捕した。2005年に施行された法律により警察は有罪宣告を受けた者のDNAプロファイルを保管できるようになった。本年4月に男のDNAプロファイルが警察のデータベースにエントリーされた。そして、彼のDNA型がクリステルから採取された精液などのDNA型とマッチしたのである。
参考文献:
Willem A. Wagenaar, False Confession after Repeated Interrogation: the Putten Murder Case, European Review, Vol.10, No4, 519-537 (2002)
Justitie, 23 May 2008, Press release, DNA hit in Putten Murder-case.
DutchNews.nl, Man Arrested for Putten Murder, 20 May, 2008.
2008年02月24日
昨年鹿児島地裁で被告人全員の無罪が確定した志布志事件について、鳩山邦夫法務大臣は「冤罪にはあたらない」と述べた。彼は「冤罪という言葉は、全く別の人を逮捕し、服役後に真犯人が現れるなど百パーセントぬれぎぬの場合を言い、それ以外の無罪事件にまで冤罪を適用すると、およそ無罪というのは全部冤罪になってしまうのではないか」と説明した(東京新聞2008年2月14日朝刊)。法相は、他方で、服役後に真犯人が現れた「氷見事件の方は人違いなので、冤罪ということでしょう」と語ったとのことである(スポーツニッポン2008年2月14日)。その後、鳩山氏はこの発言について、「被告の方々が不愉快な思いをしたとしたらおわびしなければならない」と陳謝した(日経ネット12月14日http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20080215AT1G1402014022008.html)が、一方で、「法務省や検察が常日ごろ言っていることをそのまま申し上げた」とも述べているそうである(同2月16日http://www.nikkei.co.jp/news/main/20080216AT1G1600R16022008.html)。
確かに、無罪と冤罪は違う。無罪とは裁判で犯罪の証明ができなかったということであり、英語でいえばnot guiltyということである。冤罪とは、誤って罪を着せられることであり、要するに、無実、英語で言うとinnocentということである。無罪になった人がいつも無実とは限らないし、また、無実の人が必ず無罪になるとも言えない。
問題は、鳩山大臣が言うように「100パーセントぬれぎぬ」であることを証明することはほとんど不可能だということである。氷見事件のように真犯人が現れて間違いのない自白をすることなど普通は期待できないし、アメリカの「イノセンス・プロジェクト」のようにDNA鑑定で冤罪を証明する制度は日本にはない。あったとしても、DNA鑑定で冤罪を証明できるタイプの事件は限られている。氷見事件は強姦事件だから、証拠がきちんと保存されていれば、真犯人が登場しなくてもDNA鑑定で無実の証明ができたであろう。しかし、公職選挙法違反である志布志事件はDNA鑑定で冤罪を証明することはできない。いわゆる「ちかん冤罪」も証明不可能である。このようにたとえ無実であっても、そのことを証明するのは不可能なことが多いのである。だから、法は、有罪を主張する国家の方に証明責任を負わせ、合理的な疑問を残さない程度に有罪の証明ができない限り被告人を無実の者として扱わなければならない、としたのである。
ところで、いわゆる「無罪の推定」と呼ばれるルールは、上記の区別にしたがえば、正確には「無実の推定」(presumption of innocence)を意味する。このルールは、わが国の場合、単なる刑事裁判上のルールにとどまるものではなく、個人の基本的な権利である。30年前に国会が承認した「市民的及び政治的権利に関する国際規約」14条2項は「刑事上の罪に問われているすべての者は、法律に基づいて有罪とされるまでは、無罪と推定される権利を有する。」と定めている。日本語で「無罪と推定される権利」となっている部分は、英語正文によれば"right to be presumed innocent"であり、「無実の者と推定される権利」に他ならない。
それでは、この権利の相手方は誰か。われわれは誰に向かって「我を罪なき者として遇せよ」と主張できるのか。この国際条約は締約国に対して義務を課すものであって、個人や企業を規制するものではない。だから、まだ裁判で有罪の宣告を受けていない人を犯人扱いする個人やメディアの言動を――名誉毀損だとして訴えることはできるとしても――国際規約違反だということはできない。しかし、すべての政府機関は、法律にしたがって裁判所で有罪の宣告を受けていない個人を犯人扱いすることは許されない。ヨーロッパ人権裁判所の判例によれば、事件が係属している裁判所の裁判官は勿論、裁判とは無関係な政府高官が被告人が有罪であることをほのめかすコメントをすることも、無実推定の権利を侵害する。Deweer v Belgium [1980] ECHR 6903/75 at para 56; Minelli v Switzerland [1983] ECHR 8660/79 at para 37; and also Allenet de Ribemont v France [1995] ECHR 15175/89 at para 35.
現に裁判中の個人を無実の者として扱わなければならないのであるから、裁判の結果無罪が確定した人を無実の者としなければならないのは当然であろう。鳩山邦夫法務大臣は、法律によって有罪とされていない個人を「無実ではない」と言ったのであり、その言動は国際人権規約に違反する。それが「「法務省や検察が常日ごろ言っていること」なのだとすれば、この国の法務省や検察庁は組織的に人権規約違反を犯しているということになる。
確かに、無罪と冤罪は違う。無罪とは裁判で犯罪の証明ができなかったということであり、英語でいえばnot guiltyということである。冤罪とは、誤って罪を着せられることであり、要するに、無実、英語で言うとinnocentということである。無罪になった人がいつも無実とは限らないし、また、無実の人が必ず無罪になるとも言えない。
問題は、鳩山大臣が言うように「100パーセントぬれぎぬ」であることを証明することはほとんど不可能だということである。氷見事件のように真犯人が現れて間違いのない自白をすることなど普通は期待できないし、アメリカの「イノセンス・プロジェクト」のようにDNA鑑定で冤罪を証明する制度は日本にはない。あったとしても、DNA鑑定で冤罪を証明できるタイプの事件は限られている。氷見事件は強姦事件だから、証拠がきちんと保存されていれば、真犯人が登場しなくてもDNA鑑定で無実の証明ができたであろう。しかし、公職選挙法違反である志布志事件はDNA鑑定で冤罪を証明することはできない。いわゆる「ちかん冤罪」も証明不可能である。このようにたとえ無実であっても、そのことを証明するのは不可能なことが多いのである。だから、法は、有罪を主張する国家の方に証明責任を負わせ、合理的な疑問を残さない程度に有罪の証明ができない限り被告人を無実の者として扱わなければならない、としたのである。
ところで、いわゆる「無罪の推定」と呼ばれるルールは、上記の区別にしたがえば、正確には「無実の推定」(presumption of innocence)を意味する。このルールは、わが国の場合、単なる刑事裁判上のルールにとどまるものではなく、個人の基本的な権利である。30年前に国会が承認した「市民的及び政治的権利に関する国際規約」14条2項は「刑事上の罪に問われているすべての者は、法律に基づいて有罪とされるまでは、無罪と推定される権利を有する。」と定めている。日本語で「無罪と推定される権利」となっている部分は、英語正文によれば"right to be presumed innocent"であり、「無実の者と推定される権利」に他ならない。
それでは、この権利の相手方は誰か。われわれは誰に向かって「我を罪なき者として遇せよ」と主張できるのか。この国際条約は締約国に対して義務を課すものであって、個人や企業を規制するものではない。だから、まだ裁判で有罪の宣告を受けていない人を犯人扱いする個人やメディアの言動を――名誉毀損だとして訴えることはできるとしても――国際規約違反だということはできない。しかし、すべての政府機関は、法律にしたがって裁判所で有罪の宣告を受けていない個人を犯人扱いすることは許されない。ヨーロッパ人権裁判所の判例によれば、事件が係属している裁判所の裁判官は勿論、裁判とは無関係な政府高官が被告人が有罪であることをほのめかすコメントをすることも、無実推定の権利を侵害する。Deweer v Belgium [1980] ECHR 6903/75 at para 56; Minelli v Switzerland [1983] ECHR 8660/79 at para 37; and also Allenet de Ribemont v France [1995] ECHR 15175/89 at para 35.
現に裁判中の個人を無実の者として扱わなければならないのであるから、裁判の結果無罪が確定した人を無実の者としなければならないのは当然であろう。鳩山邦夫法務大臣は、法律によって有罪とされていない個人を「無実ではない」と言ったのであり、その言動は国際人権規約に違反する。それが「「法務省や検察が常日ごろ言っていること」なのだとすれば、この国の法務省や検察庁は組織的に人権規約違反を犯しているということになる。
2007年08月02日
John Grisham, The Innocent Man: Murder and Injustice in a Small Town (Doubleday, 2006)
ジョン・グリシャムが書いたノンフィクション作品。1982年にオクラホマ州の田舎町エイダで起った強姦殺人事件の犯人として、その6年後に逮捕され、起訴され、有罪を宣告され、死刑を言渡され、死と隣り合わせの裁判闘争の末に再審開始決定を獲得し、DNA鑑定で無実を証明して、12年間の死刑囚監房暮らしの後にようやく無罪放免された男、ロナルド・キース・ウィリアムソンの波乱に満ちた生涯の物語。
捜査や公判、拘禁施設を巡る多くの問題を、そこに生きる人間のドラマとして描き切る。説明的な叙述はほとんどまったくないにもかかわらず、というより、それゆえにこそ、システムの問題が非常なリアリティをもってわれわれの心に伝わってくる。第1級のストーリー・テラーによるノンフィクション作品とはこういうものなのかと感心させられた。
登場人物をまったく偶像化せず、様々な欠陥をもった生身の人間として描いている点も、この作品に深みを与えている。犯罪被害者や冤罪被害者を「ヒーロー」として持ち上げ、彼らに被害をもたらした人間を「悪役」として叩くことが多い、日本の「犯罪物」「冤罪物」ノンフィクションが浅薄なプロパガンダの臭みを持っているのとは、ここが一番違うところだろう。
そうでありながら、ロニーや彼を支え続けた二人の姉妹に対するあふれるばかりの共感と、DNAの結果が出ても彼に対する訴追を諦めず、決して謝罪の言葉を述べることのなかった地方検事や、執拗な尋問で「夢自白」(dream confession)を創り上げた刑事たちに対する燃えるような憤りは、読者にひしひしと伝わってくる。
あとがきの中でグリシャムは言っている。
「これはオクラホマ特有の問題ではない。それどころか、誤った有罪判決は、この国では毎月のように全ての州で起っている。その原因は様々であるが、いつも同じだ。警察のずさんな捜査、インチキ科学、誤った識別証言、ずさんな弁護、怠惰な検察、傲慢な検察。」
日本も状況は同じだ。すべての地方裁判所で毎月のように誤った有罪判決が下されている。その原因も、グリシャムが挙げるものと同じだが、もう一つ加える必要がある。被告人に対する予断と偏見に満ちた職業裁判官の存在である。日本の刑事裁判の特色である「有罪率99.9%」を力強く支えているのは彼らである。
さらに、アメリカと日本とでは冤罪救済のシステムも大いに異なる。日本には「再審請求」という制度があるが、再審開始決定を得るためには、被告人の無罪を証明する新しい証拠を発見しなければならない。アメリカにおける主要な冤罪救済システムは連邦人身保護制度である。囚人に対して有罪を言渡しその拘禁を決定した裁判手続に、連邦憲法に対する違反があれば、州政府は、もう一度裁判をやり直して適法な手続で囚人の有罪を決定するか、彼や彼女の身柄を釈放するかの選択をしなければならない。
ウィリアムソン事件でも、有罪確定から6年経過した1994年にオクラホマ州東部地区連邦裁判所のフランク・シャイ裁判官の下に申し立てられた人身保護請求が、彼の命を救ったのである。シャイ裁判官の3人の調査官は、ロニーの弁護人の申立書を読んで、エイダの裁判所の手続に疑問を抱き、膨大な公判記録を読み、判例や文献を徹底的に調査した。1年後の1995年9月、シャイ判事は再審開始を決定した。判事は50ページに達する決定書の最後に「エピローグ」を書いている。
「この事件の判決をどうするか考えているとき、私は、ある素人の友人に、事実と法が、有罪を宣告され死刑を言渡されたある男に対して再審を認めることを私に要求しているようだ、と言った。
『彼は殺っているのか』とその友人は尋ねた。
私はただこう答えた。『彼が公正な裁判を受けるまでは、それはわからない』と。
この偉大な国において、公正な裁判を受けていない人々が処刑されようとしているときにわれわれがそれから目を背けてしまうようなことは、決してあってはならない。この事件ではまさにそれが起ろうとしていたのだ。」
「彼が公正な裁判を受けるまでは、それはわからない」。これこそが、真実というものに対する畏敬の念と裁判の使命を理解する、あるべき法曹の姿ではないだろうか。わが国の多くの裁判官は、手続が多少イレギュラーであっても、被告人は有罪であり、その結論に変わりはない、と信じている。だから、「相当ではないが、違法ではない」などとわけのわからない言葉遊びで手続を正当化してしまう。再審の法もそのような裁判官の姿勢を正すことはできない。
本書は有名なベストセラー作家の本だから遠からず翻訳が出るだろう。できるだけ早くその日が来ることを望みたい。
続きを読む
ジョン・グリシャムが書いたノンフィクション作品。1982年にオクラホマ州の田舎町エイダで起った強姦殺人事件の犯人として、その6年後に逮捕され、起訴され、有罪を宣告され、死刑を言渡され、死と隣り合わせの裁判闘争の末に再審開始決定を獲得し、DNA鑑定で無実を証明して、12年間の死刑囚監房暮らしの後にようやく無罪放免された男、ロナルド・キース・ウィリアムソンの波乱に満ちた生涯の物語。
捜査や公判、拘禁施設を巡る多くの問題を、そこに生きる人間のドラマとして描き切る。説明的な叙述はほとんどまったくないにもかかわらず、というより、それゆえにこそ、システムの問題が非常なリアリティをもってわれわれの心に伝わってくる。第1級のストーリー・テラーによるノンフィクション作品とはこういうものなのかと感心させられた。
登場人物をまったく偶像化せず、様々な欠陥をもった生身の人間として描いている点も、この作品に深みを与えている。犯罪被害者や冤罪被害者を「ヒーロー」として持ち上げ、彼らに被害をもたらした人間を「悪役」として叩くことが多い、日本の「犯罪物」「冤罪物」ノンフィクションが浅薄なプロパガンダの臭みを持っているのとは、ここが一番違うところだろう。
そうでありながら、ロニーや彼を支え続けた二人の姉妹に対するあふれるばかりの共感と、DNAの結果が出ても彼に対する訴追を諦めず、決して謝罪の言葉を述べることのなかった地方検事や、執拗な尋問で「夢自白」(dream confession)を創り上げた刑事たちに対する燃えるような憤りは、読者にひしひしと伝わってくる。
あとがきの中でグリシャムは言っている。
「これはオクラホマ特有の問題ではない。それどころか、誤った有罪判決は、この国では毎月のように全ての州で起っている。その原因は様々であるが、いつも同じだ。警察のずさんな捜査、インチキ科学、誤った識別証言、ずさんな弁護、怠惰な検察、傲慢な検察。」
日本も状況は同じだ。すべての地方裁判所で毎月のように誤った有罪判決が下されている。その原因も、グリシャムが挙げるものと同じだが、もう一つ加える必要がある。被告人に対する予断と偏見に満ちた職業裁判官の存在である。日本の刑事裁判の特色である「有罪率99.9%」を力強く支えているのは彼らである。
さらに、アメリカと日本とでは冤罪救済のシステムも大いに異なる。日本には「再審請求」という制度があるが、再審開始決定を得るためには、被告人の無罪を証明する新しい証拠を発見しなければならない。アメリカにおける主要な冤罪救済システムは連邦人身保護制度である。囚人に対して有罪を言渡しその拘禁を決定した裁判手続に、連邦憲法に対する違反があれば、州政府は、もう一度裁判をやり直して適法な手続で囚人の有罪を決定するか、彼や彼女の身柄を釈放するかの選択をしなければならない。
ウィリアムソン事件でも、有罪確定から6年経過した1994年にオクラホマ州東部地区連邦裁判所のフランク・シャイ裁判官の下に申し立てられた人身保護請求が、彼の命を救ったのである。シャイ裁判官の3人の調査官は、ロニーの弁護人の申立書を読んで、エイダの裁判所の手続に疑問を抱き、膨大な公判記録を読み、判例や文献を徹底的に調査した。1年後の1995年9月、シャイ判事は再審開始を決定した。判事は50ページに達する決定書の最後に「エピローグ」を書いている。
「この事件の判決をどうするか考えているとき、私は、ある素人の友人に、事実と法が、有罪を宣告され死刑を言渡されたある男に対して再審を認めることを私に要求しているようだ、と言った。
『彼は殺っているのか』とその友人は尋ねた。
私はただこう答えた。『彼が公正な裁判を受けるまでは、それはわからない』と。
この偉大な国において、公正な裁判を受けていない人々が処刑されようとしているときにわれわれがそれから目を背けてしまうようなことは、決してあってはならない。この事件ではまさにそれが起ろうとしていたのだ。」
「彼が公正な裁判を受けるまでは、それはわからない」。これこそが、真実というものに対する畏敬の念と裁判の使命を理解する、あるべき法曹の姿ではないだろうか。わが国の多くの裁判官は、手続が多少イレギュラーであっても、被告人は有罪であり、その結論に変わりはない、と信じている。だから、「相当ではないが、違法ではない」などとわけのわからない言葉遊びで手続を正当化してしまう。再審の法もそのような裁判官の姿勢を正すことはできない。
本書は有名なベストセラー作家の本だから遠からず翻訳が出るだろう。できるだけ早くその日が来ることを望みたい。
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2007年01月21日
1月20日の新聞によると、2002年11月に富山地裁高岡支部で強姦と強姦未遂で懲役3年の実刑判決を受けて服役した39歳の男性の事件について、別人が真犯人だったことが判明し、この男性を任意同行して自白を得て逮捕送検した富山県警が男性の親族に謝罪し(男性は2005年1月に出所したが、現在は行方不明)、富山地検は再審請求をする予定とのことだ。新聞記事によると、男性は取調べの当初は2日間にわたって「身に覚えがない」と言っていたが、3日目の取調べで自白し、その後は公判中も一貫して事実を認めていたと言う。しかし、現場に残された足跡が彼のものと一致しなかったうえ、電話の通話記録からアリバイが成立する可能性があったのに、県警はそれを見落としていたという(日本経済新聞2007年1月20日朝刊第13版、39頁)。
逮捕・起訴した後に真犯人が登場するというケースは勿論珍しい。しかし、「稀有な事例」かというとそれほどでもない。最近の例をあげると、宇和島の窃盗誤認逮捕事件(松山地裁宇和島支部が平成12年5月26日に無罪判決を言渡した)や世田谷ひき逃げ事件(東京地裁が平成18年7月23日に無罪判決)がある。昭和30年代の初めには法務省(当時の法務研修所)がこの種の事例を集めて『起訴後真犯人の現れた事件の検討』(3分冊)という大部の研究報告書を出している。
こういう事件が報道されたときにいつも不思議に思うのは、なぜ警察や検察しか謝罪しないのだろうかということである。今回のケースでは被告人が公判廷でも自白を維持したので裁判官が誤った有罪判決を言渡したのは「仕方がない」と言うかも知れない。けれども、日本の刑事裁判は、英米のそれと違って「有罪答弁制度」(被告人が法廷で有罪を認めれば、事実認定のための公判は開かれず、直ちに量刑審理が行われる制度)を認めていない。被告人が公判で「間違いありません」と言っても、公判が開かれ、証拠調べが行われて、証拠によって有罪の「事実認定」が行われなければならないというのが建前である。日本の刑事裁判官は、英米の裁判を「ラフ・ジャスティス」(荒っぽい司法)と言って馬鹿にして、被告人の意見にかかわらず証拠調べを行う日本の刑事裁判は「実体的真実」を大切にする優れた制度なのだと胸を張る。要するに、無実の被告人が有罪を認めても丁寧で緻密な審理を行うので真実を発見できるというのだ。そうだとすれば、今回のような事件でも無実の人に有罪判決(しかも8ヶ月間未決勾留したうえで3年の実刑判決)を言渡した裁判官の責任は非常に重いといわなければならない。警察官よりも検察官よりも、誰よりも、この男性とその親族の人生を狂わせた責任は裁判官にある。裁判官こそ謝罪すべきである。
宇和島窃盗事件や世田谷ひき逃げ事件の場合は、被告人は公判の当初から罪を争っていた。公判審理の終盤になって真犯人が見つかったために、有罪判決を言渡されることはなかったが、被告人たちは保釈も認められず長期間の身柄拘束を受けた(宇和島事件では1年以上、世田谷事件では10ヶ月間)。被告人の意向を無視して拘禁を続けたのは裁判官であって、無罪判決をしたからと言って裁判官が免責される理由にはならない。そもそも、無罪判決にしても、検事が「無罪の論告」をしたから、それに従っただけだ。真犯人が現れず、検事が有罪の論告をしていれば、この2つの事件でも間違いなく裁判官は有罪判決を言い渡していただろう。いずれの事件でも、警察は謝罪したが、裁判官は謝罪しなかった。しかし、警察は独自の権限で被疑者や被告人の身柄拘束をすることはできない。裁判官の決定がなければ未決拘禁はできないのである。保釈を却下したのは裁判官である。これらの事件でも無実の人の被害の発生に最大の貢献をしたのは裁判官である。警察が謝罪しなければならないのなら、裁判官も謝罪すべきだ。
さて、富山の事件だが、男性は取り調べの2日間は「身に覚えがない」と否認したが、3日目の取調べで自白している。富山県警の小林勉刑事部長は「威迫などはしていない。取調べ方法は適切だった」と話しているそうだが(Asahi.comマイタウン富山2007年1月20日 http://mytown.asahi.com/toyama/news.php?k_id=17000000701200003)、信じ難い。無実の男性が身に覚えのない強姦事件を、あえて嘘をついて自発的に供述する理由はない。「身代わり」のような場合か、誇大妄想的な人が虚偽自白することは確かにある。しかし、そのような特殊な事情がない限り「任意に虚偽の自白をする」ということはあり得ないと考えるのが普通の常識であろう。
しかし、職業裁判官はこの常識をいとも簡単に否定する。例えば、宇和島窃盗誤認逮捕事件でも、無罪判決をした裁判官は自白の任意性をまったく問題にしていない(松山地宇和島支部判平12・5・26判時1731-153)。この裁判官は、被告人が無実の窃盗事件を自白した経過を次のように認定している。
「[警察は、]平成11年2月1日、被告人方及び被告人所有の普通乗用自動車の捜索を開始するとともに、同日午前7時58分、被告人を宇和島警察署に任意同行し、取調室において取り調べた。取調べは同日午後零時まで続けられたが、被告人は『やっていません。』との言葉を繰り返し、本件犯行を否認した。
「昼食後の同日午後1時から取調べが再開されたが、被告人は午前中の取調べに引き続き否認していた。そこで、警察官は、机を叩くなどしつつ、『証拠があるんやけん、早く白状したらどうなんや。実家の方に捜しに行かんといけんようになるけん迷惑がかかるぞ。会社とか従業員のみんなにも迷惑が掛かるけん早よ認めた方がええぞ。長くなるとだんだん罪が重くなるぞ。』等と述べて、被告人の供述を促した。
「被告人は、同日午後2時ころ、突然号泣し、『誰も自分の言うことは信じてくれない』と述べた後、その供述を自白に転じた。」
このような事実を認めたうえで、裁判官は、「被告人がその供述を自白に転じた時期は、任意同行後約6時間後のことである。取調べを担当した警察官が取調べに当たった際の態度としても、机を叩いたことはあったが、被告人に対し、暴行や脅迫をしたようなことはない。」と述べて、この自白の証拠能力を認めてしまう。要するに、6時間の取調べは長くない、机を叩いたくらいでは、自白の任意性に疑いは生じないというのが、日本の裁判官の「常識」なのである。1989年に最高裁判所は、午後11時半から翌日の昼過ぎまで睡眠もとらせずにぶっ通しで取調べた後の自白について、「自白の任意性に疑いを生じさせるようなものであつたとも認められない」と判断したことがある(最3小決平元・7・4刑集43-7-581)。このような最高裁の判断が日本国中の職業裁判官の「常識」に多大の影響を与えていることは明らかだろう。
しかし、「やっていない」「身に覚えがない」と言っている人を狭く窓のない取調室のなかで、1時間も「説得」した結果得られた自白が「任意であることに疑いがない」と言うのは普通の人々の感性に対する挑戦ではないだろうか。狭い部屋に閉じ込められてこちらの意思を無視して1時間も粘られたあげくに仕方なしにサインした契約書は有効だろうか。そのような契約は本人の任意の契約意思に基づかない無効なものと考えるのが常識ではないだろうか。この常識が警察の取調室で否定されなければならない理由が私にはわからない。
さて、やってもいない強姦事件を自白した富山の男性は、弁護人に対してもその自白を維持し、公判中も罪を認め続けた。それはなぜだろうか。彼は司法に絶望して諦めてしまったのだろうか。多分そうだろう。しかし、そうでない可能性もあると私は考える。
虚偽自白の研究者は「強制-自己同化型」あるいは「強制-納得型」というタイプの虚偽自白の類型を挙げている(ギスリー・グッドジョンソン『取調べ・自白・証言の心理学』(庭山英雄他訳、酒井書店1994)、313-315頁;Ofshe, Richard J. & Richard A. Leo, The Decision to Confess Falsely: Rational Choice and Irrational Action, 74 Denver Univ. L. Rev 981 (1997), pp999-1000)。人間の記憶というのは非常に脆弱にできていて、当初全く身に覚えがないことであっても、強制的な取調べの結果、記憶に変容が起り、「偽りの記憶」を植え付けられてしまうことがある。誘導尋問を受けているうちに映像や音声を伴って鮮明な犯罪の記憶が「蘇る」という現象がある。このような現象は供述心理学者の間では常識の一つである(たとえば、エリザベス・ロフタス(仲真紀子訳)『抑圧された記憶の神話』(誠信書房2000))が、裁判官にとっては「非常識」「荒唐無稽な話」として簡単に退けられてしまう。ここにも「常識のギャップ」がある。
富山の男性は行方不明ということだが、彼が公判でも自白を維持した理由を語る日は来るのだろうか。
最後に、冤罪事件のうち真犯人の登場によって救済される割合はどの程度なのだろうか。言い換えると、このような「無罪の証明」ができないまま救済されない冤罪事件はどの程度発生しているのだろうか。今回は真犯人が別の事件を犯して別の警察署で逮捕され、この2件の強姦事件を自白したので、改めて捜査しなおしたところ、その男の足型と現場の足型と一致した。これは非常に稀にしか起らない幸運なのではないだろうか。そのことを考えると、暗澹たる気持ちになる。
逮捕・起訴した後に真犯人が登場するというケースは勿論珍しい。しかし、「稀有な事例」かというとそれほどでもない。最近の例をあげると、宇和島の窃盗誤認逮捕事件(松山地裁宇和島支部が平成12年5月26日に無罪判決を言渡した)や世田谷ひき逃げ事件(東京地裁が平成18年7月23日に無罪判決)がある。昭和30年代の初めには法務省(当時の法務研修所)がこの種の事例を集めて『起訴後真犯人の現れた事件の検討』(3分冊)という大部の研究報告書を出している。
こういう事件が報道されたときにいつも不思議に思うのは、なぜ警察や検察しか謝罪しないのだろうかということである。今回のケースでは被告人が公判廷でも自白を維持したので裁判官が誤った有罪判決を言渡したのは「仕方がない」と言うかも知れない。けれども、日本の刑事裁判は、英米のそれと違って「有罪答弁制度」(被告人が法廷で有罪を認めれば、事実認定のための公判は開かれず、直ちに量刑審理が行われる制度)を認めていない。被告人が公判で「間違いありません」と言っても、公判が開かれ、証拠調べが行われて、証拠によって有罪の「事実認定」が行われなければならないというのが建前である。日本の刑事裁判官は、英米の裁判を「ラフ・ジャスティス」(荒っぽい司法)と言って馬鹿にして、被告人の意見にかかわらず証拠調べを行う日本の刑事裁判は「実体的真実」を大切にする優れた制度なのだと胸を張る。要するに、無実の被告人が有罪を認めても丁寧で緻密な審理を行うので真実を発見できるというのだ。そうだとすれば、今回のような事件でも無実の人に有罪判決(しかも8ヶ月間未決勾留したうえで3年の実刑判決)を言渡した裁判官の責任は非常に重いといわなければならない。警察官よりも検察官よりも、誰よりも、この男性とその親族の人生を狂わせた責任は裁判官にある。裁判官こそ謝罪すべきである。
宇和島窃盗事件や世田谷ひき逃げ事件の場合は、被告人は公判の当初から罪を争っていた。公判審理の終盤になって真犯人が見つかったために、有罪判決を言渡されることはなかったが、被告人たちは保釈も認められず長期間の身柄拘束を受けた(宇和島事件では1年以上、世田谷事件では10ヶ月間)。被告人の意向を無視して拘禁を続けたのは裁判官であって、無罪判決をしたからと言って裁判官が免責される理由にはならない。そもそも、無罪判決にしても、検事が「無罪の論告」をしたから、それに従っただけだ。真犯人が現れず、検事が有罪の論告をしていれば、この2つの事件でも間違いなく裁判官は有罪判決を言い渡していただろう。いずれの事件でも、警察は謝罪したが、裁判官は謝罪しなかった。しかし、警察は独自の権限で被疑者や被告人の身柄拘束をすることはできない。裁判官の決定がなければ未決拘禁はできないのである。保釈を却下したのは裁判官である。これらの事件でも無実の人の被害の発生に最大の貢献をしたのは裁判官である。警察が謝罪しなければならないのなら、裁判官も謝罪すべきだ。
さて、富山の事件だが、男性は取り調べの2日間は「身に覚えがない」と否認したが、3日目の取調べで自白している。富山県警の小林勉刑事部長は「威迫などはしていない。取調べ方法は適切だった」と話しているそうだが(Asahi.comマイタウン富山2007年1月20日 http://mytown.asahi.com/toyama/news.php?k_id=17000000701200003)、信じ難い。無実の男性が身に覚えのない強姦事件を、あえて嘘をついて自発的に供述する理由はない。「身代わり」のような場合か、誇大妄想的な人が虚偽自白することは確かにある。しかし、そのような特殊な事情がない限り「任意に虚偽の自白をする」ということはあり得ないと考えるのが普通の常識であろう。
しかし、職業裁判官はこの常識をいとも簡単に否定する。例えば、宇和島窃盗誤認逮捕事件でも、無罪判決をした裁判官は自白の任意性をまったく問題にしていない(松山地宇和島支部判平12・5・26判時1731-153)。この裁判官は、被告人が無実の窃盗事件を自白した経過を次のように認定している。
「[警察は、]平成11年2月1日、被告人方及び被告人所有の普通乗用自動車の捜索を開始するとともに、同日午前7時58分、被告人を宇和島警察署に任意同行し、取調室において取り調べた。取調べは同日午後零時まで続けられたが、被告人は『やっていません。』との言葉を繰り返し、本件犯行を否認した。
「昼食後の同日午後1時から取調べが再開されたが、被告人は午前中の取調べに引き続き否認していた。そこで、警察官は、机を叩くなどしつつ、『証拠があるんやけん、早く白状したらどうなんや。実家の方に捜しに行かんといけんようになるけん迷惑がかかるぞ。会社とか従業員のみんなにも迷惑が掛かるけん早よ認めた方がええぞ。長くなるとだんだん罪が重くなるぞ。』等と述べて、被告人の供述を促した。
「被告人は、同日午後2時ころ、突然号泣し、『誰も自分の言うことは信じてくれない』と述べた後、その供述を自白に転じた。」
このような事実を認めたうえで、裁判官は、「被告人がその供述を自白に転じた時期は、任意同行後約6時間後のことである。取調べを担当した警察官が取調べに当たった際の態度としても、机を叩いたことはあったが、被告人に対し、暴行や脅迫をしたようなことはない。」と述べて、この自白の証拠能力を認めてしまう。要するに、6時間の取調べは長くない、机を叩いたくらいでは、自白の任意性に疑いは生じないというのが、日本の裁判官の「常識」なのである。1989年に最高裁判所は、午後11時半から翌日の昼過ぎまで睡眠もとらせずにぶっ通しで取調べた後の自白について、「自白の任意性に疑いを生じさせるようなものであつたとも認められない」と判断したことがある(最3小決平元・7・4刑集43-7-581)。このような最高裁の判断が日本国中の職業裁判官の「常識」に多大の影響を与えていることは明らかだろう。
しかし、「やっていない」「身に覚えがない」と言っている人を狭く窓のない取調室のなかで、1時間も「説得」した結果得られた自白が「任意であることに疑いがない」と言うのは普通の人々の感性に対する挑戦ではないだろうか。狭い部屋に閉じ込められてこちらの意思を無視して1時間も粘られたあげくに仕方なしにサインした契約書は有効だろうか。そのような契約は本人の任意の契約意思に基づかない無効なものと考えるのが常識ではないだろうか。この常識が警察の取調室で否定されなければならない理由が私にはわからない。
さて、やってもいない強姦事件を自白した富山の男性は、弁護人に対してもその自白を維持し、公判中も罪を認め続けた。それはなぜだろうか。彼は司法に絶望して諦めてしまったのだろうか。多分そうだろう。しかし、そうでない可能性もあると私は考える。
虚偽自白の研究者は「強制-自己同化型」あるいは「強制-納得型」というタイプの虚偽自白の類型を挙げている(ギスリー・グッドジョンソン『取調べ・自白・証言の心理学』(庭山英雄他訳、酒井書店1994)、313-315頁;Ofshe, Richard J. & Richard A. Leo, The Decision to Confess Falsely: Rational Choice and Irrational Action, 74 Denver Univ. L. Rev 981 (1997), pp999-1000)。人間の記憶というのは非常に脆弱にできていて、当初全く身に覚えがないことであっても、強制的な取調べの結果、記憶に変容が起り、「偽りの記憶」を植え付けられてしまうことがある。誘導尋問を受けているうちに映像や音声を伴って鮮明な犯罪の記憶が「蘇る」という現象がある。このような現象は供述心理学者の間では常識の一つである(たとえば、エリザベス・ロフタス(仲真紀子訳)『抑圧された記憶の神話』(誠信書房2000))が、裁判官にとっては「非常識」「荒唐無稽な話」として簡単に退けられてしまう。ここにも「常識のギャップ」がある。
富山の男性は行方不明ということだが、彼が公判でも自白を維持した理由を語る日は来るのだろうか。
最後に、冤罪事件のうち真犯人の登場によって救済される割合はどの程度なのだろうか。言い換えると、このような「無罪の証明」ができないまま救済されない冤罪事件はどの程度発生しているのだろうか。今回は真犯人が別の事件を犯して別の警察署で逮捕され、この2件の強姦事件を自白したので、改めて捜査しなおしたところ、その男の足型と現場の足型と一致した。これは非常に稀にしか起らない幸運なのではないだろうか。そのことを考えると、暗澹たる気持ちになる。