裁判員制度

2011年07月28日

あなたは、相手が目の前にいるのに、相手に尋ねたいことをわざわざ紙に書いてそれを相手に渡して、別室で「はい」か「いいえ」を丸で囲んできてくださいと言うだろうか。そんなことをするのは対人恐怖症の人か耳の聞こえない人ぐらいだろう。対人恐怖症でもなく、正常な聴覚を持っている普通の人は、端的に、目の前にいる相手に口頭で尋ねたいことを尋ねるのではないだろうか。その方が相手の応答態度をつぶさに観察できるので、相手の真意を知るという意味でも効果的ではないだろうか。ところが、東京地方裁判所の裁判官たちは違うのである。彼らは、重大な刑事裁判の審理を担当する裁判員の候補者をわざわざ自分たちの職場である裁判所に呼び出しながら、その場で口頭で質問できることをわざわざ紙に書いて渡し、「はい」か「いいえ」を丸で囲ませるのである。その結果、この国で最も重大とされる刑事事件の審理を担当する裁判員は、裁判長から口頭で質問を受けることもなく、訴訟関係者の前で一言も言葉を発することもなしに、くじで選ばれ法壇の椅子に座るのである――法律によれば裁判長は裁判員を選ぶ前に裁判員候補者に対して「必要な質問」をすることになっているのに。

裁判員法は「裁判員選任手続に先立ち」候補者に対して「質問票」を郵送して、一定の事項――候補者が有資格者かどうか、欠格事由、辞退事由及び不適格事由があるかどうか、並びに不公平な裁判をするおそれがないかどうかを判断するのに必要な事項――を答えさせるという手続を定めている(30条1項)。この質問票に答えた候補者の中から裁判所に呼び出す者を選別するのである。これはいわば面接試験を受ける応募者を書類で選考するのと同じ手続である。法は、こうして「裁判員等選任手続期日」に呼び出された候補者に対して、さらに「必要な質問」をして、その答えを聞いたうえで裁判員や補充裁判員を選任するとしている(34条1項)。書類選考と面接試験の例を持ち出すまでもなく、この2段階の選考方法の趣旨は明らかであろう。

裁判員法が制定された半年後2006年11月に、最高裁判所は、「裁判員選任手続のイメージ案」を公表した。それによれば、「選任手続の当日の手続」は次のようなものであった。

「(1) 呼出状を受け取った裁判員候補者には、裁判員選任手続期日当日、裁判所にお越しいただきます。裁判所では、まず、御本人であることを確認させていただいた上、裁判員候補者待合室(大部屋)でお待ちいただきます。 担当の係員が、これから行われる手続について、ビデオなどを利用しながら説明を行います。
「(2) また、裁判所にお越しいただいた裁判員候補者には、当日用質問票が交付されます。当日用質問票では、事件の関係者でないかどうかなどについてお聞きします。
「(3) その後、裁判員候補者は、別室の裁判員質問手続室(小部屋)で裁判長から質問を受けることになります。質問手続室には、裁判官3人と書記官のほか、検察官と弁護人(裁判所が必要と認める場合に限り被告人も)が立ち会います(裁判員法32条) 。候補者のプライバシーを保護するため第三者が傍聴することはありません(裁判員法33条1項 ) 。
裁判長は、裁判員候補者が記入した質問票を読んだ上で、補充的に質問をします。検察官と弁護人も質問票を見ることはできますが、検察官と弁護人の手元にある質問票は、手続終了後、裁判所が回収します。陪席の裁判官、検察官又は弁護人(被告人)も、裁判長に質問をしてもらうよう求めることができます(裁判員法34条2項) 。
「既に第1段階の手続で、法律上裁判員となることができない人や辞退が認められることが明らかな人は、そもそも呼出しがされないか、すでに取り消されていることになります 。 したがって、 この段階では 、裁判長は、主に、仕事や家庭を理由として辞退が認められるか微妙なケースについて、候補者に事情を確認する質問や、候補者が公平な裁判をしてくれるかどうかを確かめる質問などをすることになります (最高裁判所「裁判員選任手続のイメージ案」http://www.saibanin.courts.go.jp/topics/pdf/06_11_17_tetuzuki_image/tetuzuki_image.pdf 強調は引用者)。」

最高裁判所が制作した裁判員制度の広報映画にも、裁判員候補者が1人ずつ小部屋に入って裁判長から質問を受けるシーンがある。例えば、「裁判員〜選ばれ、そして見えてきたもの〜」には、まさに面接と呼ぶにふさわしい裁判長と候補者のやり取りが描かれている(http://www.saibanin.courts.go.jp/news/video4/chapter2_erabare_bb_sub.html)。ところが、現在東京地方裁判所で日々行われている「質問手続」はこれとは似ても似つかぬ代物である。既に事前に「質問票」の答えを返送したうえで、裁判所に出頭してきた候補者に対して、裁判所は次の4つの問いを記載した「質問票(当日用)」なる紙を渡す。

問1 あなたは、被告人と関係があったり、事件の捜査に関与するなど、事件と特別な関係がありますか。
問2 今回の事件について報道などを通じて知っていますか。
問3 事前に提出した質問票に記載した事項について、今日までの間に何か変更はありますか。
問4 特に裁判官に話しておきたい事情があるなど、個別に質問を受けることを希望しますか。

裁判員候補者は、これらの問いの下にある「ある・ない」「ある程度知っている・くわしく知っている・知らない」「ある・ない」「希望する・希望しない」の答えを丸で囲んで署名することになる。ほとんどの候補者は、「ない」「知らない」「ない」「希望しない」に丸をする。それで終わりである。「裁判員選任手続のイメージ案」によれば、当日質問票に記入した後、候補者は「別室の裁判員質問手続室(小部屋)で裁判長から質問を受ける」はずであるが、質問票の「ない」「知らない」「希望しない」に丸をした候補者が質問手続室に呼ばれることは全くない。その答えを直接候補者と問答して個別に確認する作業すら行われないのである。要するに、大部分の候補者に対して誰かが何かを尋ねるということは行われないのである。そしてあとは、くじ引き(パソコンのマウスを書記官が1回クリックするだけ)で6人の裁判員と1人ないし2人の補充裁判員が選ばれるのである。

裁判員法によると、当事者は裁判員候補者に質問してほしい事項を裁判長に質問するように請求することができ、裁判長は「相当と認めるときは」その質問をすることになっている(裁判員法34条2項)。しかし、裁判長が当事者の質問請求を「相当と認め」て質問をすることはほとんど全くない。私は、統合失調症を発病した青年が幻覚と妄想に突き動かされて知人を包丁でめった刺しにして殺したという殺人事件の裁判員選任手続で、候補者に対してこう質問してほしいと裁判長に請求したことがある――「あなたは、殺人犯が精神障害のために無罪となることに、抵抗がありますか」。この要求に対して、裁判長は、当日質問票の問4があるからこのような質問は要らないと言って、私の質問請求を却下した。問4というのは前述したとおり「特に裁判官に話しておきたい事情があるなど、個別に質問を受けることを希望しますか」という問いである。そもそも、当日裁判所に出頭したばかりの人たちはまだ事件の内容を知らされていない。自分の担当する事件が被告人の精神障害が問題となる事案だということを知らないのである。そのような人たちが、「自分は精神障害を理由に無罪となることに抵抗があるのだが、それでも裁判員になってもいいでしょうか」と裁判長に申し出ることなどあり得るだろうか。事件の争点――心神喪失かどうか――を理解した裁判員であっても、わざわざ自分の信条と法制度の関係に思いをはせ、その信条を自ら進んで裁判長に申し出ることなど、期待できるだろうか。常識で考えれば分かりそうなことである。しかし、東京地裁の裁判長たちは、最高裁の映画の裁判長のように1人1人の候補者と親しく口頭のやり取りをすることを頑なに拒否するのである。4つの、おそろしく抽象的な型どおりの問いを記載した「質問票」への回答以外の情報を、いまそこにいる候補者――わざわざ職場や家庭や学業を犠牲にして裁判所にやってきた人々――から得えようとはしないのである。やろうと思えばすぐにできるのに。彼らはやはり対人恐怖症なのだろうか。

実質的に考えて、裁判員候補者に対して個別の口頭質問を行うことは、公正かつ適格な裁判員を選出するためには必要不可欠なことである。先日千葉地裁で行われた女子大生殺害事件の裁判員裁判で、1人の裁判員が公判の冒頭から毎回法壇上で居眠りをしていたということがあった(日本経済新聞2011年6月23日夕刊、15頁)。証人尋問が終わり弁論が終結された後になってこの裁判員は解任されたが、そもそもこのような人は「心身の故障のために裁判員の職務の遂行に著しい支障がある者」(法14条3号)、あるいは「不公平な裁判をするおそれがある」者(法18条)なのであって、裁判員に選任されるべきではなかったのである。この事件でも、裁判長は「質問票」の配布と回収だけを行い、候補者への口頭の個別質問を行わなかった。もしも、裁判員選任手続において「質問票」を回収するなどという安直な方法に頼らず、1人1人の候補者に対して個別の口頭質問を行い、その応答態度をつぶさに見ていたならば、このような人物の不適格性を当事者や裁判所が見逃すとはとうてい思えないのである。死刑事件の冒頭から居眠りをするような特異な人物は、質問手続室(小部屋)の中で行われる個別質問の際にも特異な反応や様子を示す可能性が高いからである。

法が要求する「質問」というのは、最高裁判所がイメージしたような個別の口頭の質問を意味するというべきである。裁判官は、たとえ対人恐怖症で書面を通じてでないと人とコミュニケートできない体質だとしても、この手続を形骸化する権利はないはずである。どうしても広報映画に登場する裁判長のような面接が自分にはできないというのであれば、潔く裁判員裁判の担当を自主的に外れるべきである。裁判官は法を実践する公務員として国民から給与の支払いを受けているのであって、法を自分に都合の良いように骨抜きにするために国民から雇われているのではない。


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2011年05月25日

判例集を繰っていたら、偶然、陪審制と憲法を論じた最高裁判例を2つ見つけた。最高裁の判断はまったく木で鼻を括ったようなもので味も素っ気もないのだが、その上告趣意は敗戦間もないころの刑事弁護士の気骨を感じさせるものである。紹介しよう。

1件目は昭和25年10月25日の大法廷判決(刑集4‐10‐2166)。弁護人は森長英三郎。大変に有名な方なのでご存知の方も多いと思う。事案は強盗事件で、従犯的な立場の被告人が実刑判決を受け、主犯が執行猶予になったとして、弁護人は、控訴審が刑訴法の証拠の規定を適用せず新証拠を斟酌しなかった点が憲法31条に違反すると主張した。そして、この上告趣意に加えて森長は次のように述べた。

「しかし、憲法37条の公平な裁判所とは、陪審裁判を要請しているものといわなければならぬ。その理由は憲法前文が、国政は、『その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し』とあるところから当然に出てくることである。陪審裁判は民主主義国家の刑事裁判には固有の制度であり、民主主義とは切りはなすことのできないものである。」

これに対して最高裁大法廷は「所論の憲法37条及び憲法前文は陪審による裁判を保障するものではない。その他民主主義国家であるからといって、必ずしも陪審制度を採用しなければならぬという理由はない」とあっさり上告を棄却した。ちなみに、このときの裁判長は塚崎直義である。戦前を代表する刑事弁護士であり、東京で第1号の陪審裁判、無罪となった放火事件の弁護人である。

2件目は第3小法廷昭和26年5月8日(裁判集刑45‐311)。弁護人は衛藤隈三という人である。やはり森長の事件と同じような事件で、こちらも、主犯を含め共犯者の大部分が執行猶予になっているのに、従犯的で、しかも当時17歳だった被告人が執行猶予にならないのは公平な裁判ではないと言っている。それに続けて陪審制を論じている点でも森長と同じだが、衛藤の上告趣意は、森永のそれと比べてかなり長く内容的にも密度が濃い。その一部を引用してみよう。

「憲法31条によって、何人も『法律の定める手続によらなければ』生命又は自由を奪われ、其他の刑罰を科せられない。この『法律の定める手続』中には刑事訴訟法の定むる手続は勿論であるが、『陪審法』も又当然法律の定める一つの刑事手続であって、国民が生命又は自由を奪われ、其他の刑罰を科せらるゝに当っては、依るべき手続として国民に与えられた権利であり、基本的人権の一である。
「陪審法自体は廃止になったのはではない。単なる停止中で、死んだのではなくまだ生きている法律である。陪審裁判は、このまだ生きている陪審法に基づいて、国民が永年にわたり獲得した基本的人権保護の手続上における権利である。われわれ国民は、この与えられたる権利の保持の為には、憲法上不断の努力を払わねばならないことは憲法の要請するところである。
「陪審裁判も、今次の戦争で国民の全力を戦争遂行に集中させるために、一時中止となったに過ぎないので、右法律の附則が明記する様に、大戦終了後の今日は再施行することが国民に約束されているものである。この法律停止法というのは法律として全く特異な性質をもっているが、然し、陪審法自体は未だ生存の鼓動を脈々として打っている生きた法律である。われわれ国民は、この陪審法上の権利を抱いたまゝで只々安閑として其上に睡っていることは許されない。
「私は、憲法によって与えられたこの国民の基本的人権がたゞ1片の法律又は勅令で停止せらるゝことが憲法上間違いであると確信する。」

最高裁第三小法廷は、先の25年大法廷判決を引用して「憲法が陪審手続を保障したものでないことは当裁判所大法廷の判決の趣旨に徴して明らか」と言った上で、「陪審手続は特に法律で定めたものであるからこれを法律で停止することを得るのは云うを待たない」と述べて、上告を棄却した。
衛藤の弁論から60年たって裁判員法が施行された。しかし、陪審法はまだ死んではない。「再試行する」という条文も存在している。森長の弁論も衛藤の弁論もわれわれにとって示唆的である。とくに衛藤の指摘は重要であると思う。法律が定めた権利を1片の勅令で奪い、また、「再施行する」と法律で約束しながら、それが実行されていないことの意味をわれわれはもう少し真剣に考えてもいいのかもしれない。裁判員制度と陪審制度との間には決定的な違いがある。裁判員裁判では職業裁判官が市民と一緒に評議室に入る。陪審裁判では事実認定は市民の専権である。職業裁判官が「裁判員の負担」を口実にして裁判員の権限を形骸化する戦略を進め続けるのであれば、われわれには陪審法の再試行という選択があることを心にとどめておくべきであろう。


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2011年02月10日

法廷技術に情熱を燃やしている若い弁護士と一緒に「裁判員裁判のための法廷技術」の教則DVDを作りました。

ちょっと値段が高いのですが、新しい法廷弁護に挑戦しようという弁護士の参考になればと思います。

ご購入は全国の書店か、現代人文社へご注文ください。
http://www.genjin.jp/index.html

DVDちらし



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2010年11月11日

「耳かき殺人事件」の判決言い渡し後、裁判員と補充裁判員を務めた人たちが記者会見で「死刑求刑事案での審理に参加した感想」を述べた(msn産経ニュース2010.11.1 18:19、同19:15)。その中で、裁判員6番(男性会社員)は、「プレッシャーを感じながらやるにつれ責任感が出てきました」と述べる一方で、こうも述べている。

「評議の後、裁判長が『判決についての責任は裁判官が負う』と言ってくださり、気持ちが和らぎました」。

この裁判長の発言は、日本的な官尊民卑、パターナリズム、甘えの構造を表している1つのエピソードであると同時に、裁判員制度の存在理由にかかわる重大な問題を孕んでいると思う。なぜ、裁判長は、死刑か無期かが問われ、全国民が注目したこの重大事件の判決について、一緒に評議をした裁判員を免責することができるのだろうか。そして、裁判員を免責する一方で、「責任は裁判官が負う」などと言えるのだろうか。もしも判決の責任の主体が裁判官だけだというなら、裁判員は一体何をしに裁判所に来たのだろうか。

そして、責任は自分ではなく裁判官が負うと聞いて「気持ちが和らぐ」ような人に、本件の裁判員として評議を行い一票を投じる資格があるのだろうか。裁判員制度は、国民自身が司法に参加しその責任の一翼を担うことを目指してはじめられたのである。それはこの国に生きる国民全体が平等に責任を分かちあう、国民の義務として行われるべきものである。死刑か無期かの選択を自らの責任において行うことができない人は、最初から裁判員になるべきではない。裁判員選任手続おいてそのような人は排除されるべきである。

裁判員は職業裁判官の補助者ではない。裁判官は自分たちだけで判決の責任を引き受けることなど許されない。裁判官は、裁判員とともにその責任を分かち合わなければならない。裁判員は、判決が「自らの決断」であることを自覚すべきである。この自覚のない人によってなされた刑事裁判はその正当性の根拠を欠いているというべきである。

【付記】
憲法には教育、勤労、そして納税の義務(国民の三大義務)が書かれている(26条、27条、30条)が、「裁判員を務める義務」は書かれていない。しかし、憲法に明文で書かれていないからといって、それ以外に国民の義務はない――あとは政府に任せておけばよい――ということには必ずしもならない。国民の基本的な人権を保障するために、当の国民全体が一定の負担をしなければならない場合というのがある。

例えば、日本国憲法37条2項は、刑事被告人に対して「強制的手続により証人を求める権利」、すなわち、自分に有利な証言をするかもしれない人を国家権力によって強制的に証人喚問してもらう権利を与えている。この権利が十分に保障されるためには、証人として喚問された個人は法廷に行って自分の見たこと、聞いたこと、そして考えたことを言わなければいけない;宣誓をし、うそをつくと偽証罪になって処罰されるし、宣誓を拒否したり証言を拒否したら、証言拒否罪あるいは宣誓拒否罪ということで罰則を科せられる、ということが必要になる。この国に居住する全ての人が耐え忍ばなければならない「証言義務」は憲法には書かれていない。しかし、この義務がなければ、刑事訴追を受けた個人は裁判で十分な反証をすることができず、無実の罪で刑罰を受けてしまうかもしれない。証言義務はこの国が自由な国であるために必要な国民の義務なのである。

同じように、裁判員裁判というのは国民が自由に生きるための1つの防塁だと私は思う。それを支えるのは裁判員として法廷に召喚された国民である。国民が裁判員としての職責を果たすこと、その責任を「お上」に任せず自らの一身に引き受けることによって、公正な刑事裁判が実現され、この国に生きる人々の自由が守られる。このような国民の義務が伴わなければ、国民の権利は持続しえないのである。


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2010年11月09日

被告人が全面的に否認し無罪を主張する一方で、検察官が死刑求刑することが「予想される」という鹿児島の強盗殺人事件の場合は、公判審理は11月2日から17日までの10日間と指定され、判決期日は12月10日に指定された。裁判長は評議の期間を実に3週間に設定したのである(日本経済新聞電子版2010年11月2日13:24)。記者のインタビューを受けた裁判員候補者の1人は「裁判員になっても40日のうち有給で休めるのは4日間と勤務先に言われた。正直困っている」と言った(日本経済新聞電子版2010年11月2日1:55)

こうなると、裁判官の独断で裁判員になれる人材が絞られてしまうということになりかねないだろう。

それにしても、裁判長は一体何を根拠に審理期間の倍以上もの長きにわたって評議を行うべきだと考えたのだろうか。証拠関係が複雑で事実認定の評議が紛糾し、量刑の議論も錯綜すると裁判長は予想したのだろうか。もしそうだとしたら、裁判長はすでに事件について一定の予断を持っているとしか言いようがない。評議の時間まで予想できる裁判官と何も知らない裁判員との間の「情報格差」はすでに決定的である。

このような情報格差のある者同士が本当に対等の立場で評議などできるんだろうか。


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2010年10月27日

死刑が求刑された「耳かき殺人事件」では、公判がはじまる前に裁判官によって10月25日に最終弁論が行われ、11月1日に判決を言い渡すことが予定されていた。その予定は公判が始まる前にマスコミにも伝えられていた。そして、25日の公判の最後に裁判長は、判決の言い渡しは11月1日であることを改めて告げた。つまり、裁判官3人と裁判員6人による評議は10月26日から29日までの4日間であることが公判が始まるずっと前に裁判官によって決められ、公判の最終日に裁判長はあらためてその予定を確認したのである。裁判員との評議がはじまるずっと前に、裁判官たちは、一緒に評議をする同僚である裁判員たちには一切相談することもなく(まだ裁判員は選ばれていないから相談できない)、勝手に評議の予定時間を決めておいて、それを公的に宣言したということである。

これはこの事件に限ったことではない。これまでに行われた裁判員裁判の全て(正確な統計はまだ発表されていないが、多分1000件くらいであろう)において、公判前整理手続の段階で最終弁論の期日と判決言い渡し期日が決められている。つまり評議の予定時間が決められている。そして、その期間は1日のこともあれば3日のこともあるし、1週間というのもある。しかも、直前に弁護人が解任されたために公判自体を開くことができなかった1件を除いて、全ての事件で予定通りに評議が終了して予定通りの日に判決が言い渡されている。

これは実に驚くべきことである。しかし、これでいいんだろうか。一体裁判官たちは如何なる権限に基づいて裁判員との評議の時間まで決めてしまうことができるのだろうか。裁判官たちは如何なる情報と推理によって未知の市民たちとの評議の時間をあらかじめ「予定」できるんだろうか。そして、このような「予定」の存在は、裁判員たちが自由に意見を述べ議論を重ねることを制約していないのだろうか。

そもそも、評議の時間を予想するためには、どのような人が裁判員に選ばれ、彼らが評議室の中でどのような意見を述べ、どのように議論が進行し、その終息までにどのくらいの時間がかかるのかを推理しなければならないだろう。そのような推理を――しかも公判審理が始まる前に――行うことなど、およそ不可能である。そのようなことができる人間が存在するとは思えない。

これまで、全ての事件で予定された時間のとおりに評議が進行し評決に達し、予定の期日に判決の言い渡しができたのは、裁判官たちの予測能力が優れていたからでは決してない。裁判官たちが定めた予定を既定方針として、裁判員と裁判官がその方針に合わせて評議を行ったにすぎないのである。裁判員のなかには「もっと議論したい」と思いながら、判決言い渡し期日が翌日に迫っているので、議論を続けるのをあきらめた人もいるであろう。逆に、もう議論の種が尽きてしまい、早く評決してほしいと思っているのに、予定の評議時間が余っているので、つまらない雑談に付き合わされたり、長すぎる休憩時間をもてあましていた裁判員もいるかもしれない。あらかじめ「判決宣告期日」すなわち評議の制限時間を知らされている裁判員の多くは、充実した評議のためには裁判長が定めた予定であっても変更すべきだと裁判長に向かって進言する勇気など持っていない。

判決宣告期日の指定すなわち評議時間の指定は、「裁判員が発言する機会を十分に設けるなど、裁判員がその職責を十分に果たすことができるように配慮しなければならない」という裁判長の義務(裁判員法66条5項)と矛盾するのである。

公判前整理手続の目的は「充実した公判の審理を継続的、計画的かつ迅速に行うため」である(刑事訴訟法316条の2第1項)。ここに言う「公判の審理」とは公判廷で行われる審理すなわち当事者の冒頭陳述、証人尋問、最終弁論などの手続を意味する。評議は「公判の審理」ではない。評議は公判審理が終わった後に事実認定者が結論を導くために行う会議のことである。したがって、評議の進行をどうするかを公判前整理手続で決めることはできないのである。公判審理の進行を決める公判前整理手続が公判審理の当事者である裁判官、検察官、弁護人の参加によって行われなければならないように、評議をどのように進めるかは評議の当事者である裁判員がそろってから、裁判員とともに決められなければならないのである。

刑事訴訟法は、公判前整理手続において行うことができる事項として「公判期日を定め、又は変更することその他公判手続の進行上必要な事項を定めること」をあげている(316条の5第11号)。判決の言い渡しは公判廷で行わなければならないので(342条)、その日程も「公判期日」と言える。しかし、公判前整理手続で判決言渡しのための公判期日を指定することは許されないというべきである。なぜなら、判決言渡し期日の指定は「公判手続の進行上必要な事項」でないことは明白であるし、判決言い渡し期日の指定はすなわち評議時間の指定を意味するのであり、評議に入る前に裁判官だけで評議時間の指定をすることは許されないからである。

裁判所法75条2項は「評議は、裁判長が、これを開き、且つこれを整理する」と定めている。これは裁判長が評議の議事進行役(司会ないし議長)を務めることを定めたものであって、裁判長に対してそれ以上の特別の権限を与えるものではない。裁判員の意見を無視して評議を打ち切ったり、逆に、独断で評議を続けることを裁判長に認めたものではない。評議のタイムリミットを設定する独占的な権限を裁判長に与えてなどいない。裁判長は議事進行役にすぎないのであり、前述のように「裁判員が発言する機会を十分に設ける」義務が特に課せられているのである。

法令の解釈や訴訟手続に関する判断は法律解釈と訴訟手続の専門家である裁判官の専権であり、彼らだけの合議で決定される(裁判員法6条2項、66条3項)。これらの事項について裁判官が評議するときは、たとえ裁判員がこれを傍聴したり意見を述べることができたとしても(裁判員法68条2項、3項)、評議をいつまで続けるかは裁判官だけで決めることができるし、そうすべきである。これに対して、評議の中心的な課題である、事実の認定、法令の適用そして刑の量定については、裁判員と裁判官が対等の立場で評議し評決するものである(裁判員法6条1項、66条1項、2項、67条)。評議の時間を決定する権限が裁判官にだけ与えられ、裁判員には与えられていないのだとしたら、両者は全然対等な立場とは言えないだろう。

要するに、法は、裁判官たちに評議の時間を決める特別の権限を与えてはいない。評議の時間の決定については裁判員と裁判官は同等の権限を持っているのである。評議をどのくらいやっていつ打ち切るかを定めた法の規定はない。その決定方法を定めた規定もない。そうすると、評議をいつ打ち切るかは、会議の一般的なルールに従って決められることになる。すなわち、裁判員も裁判官も単独で、評議を打ち切り直ちに評決をすることを提案できる。この提案(評議打ち切り動議)が多数決で採択されたときは直ちに評決をしなければならない。逆に、打ち切り動議が否決されたときはさらに評議を続けることになる。

評議は当事者双方の最終弁論と被告人の最終陳述が済んだ後すぐに始めなければならない。事実認定者は公判廷で見て聞いた証拠に基づいて事実認定をするのであり、公判審理の「記録」に基づいて事実認定するのではない。だから、見聞した証拠の記憶が鮮明なうちに評議をしなければならないのである。評議を開始した段階ではいつ結論が出るかは分からない。だから、裁判長はこの段階で判決言い渡しのための公判期日を指定することなど出来ない。評議は結論がでるまで続けられる。休憩をとるか、一旦解散して翌日集まるか、それとも、このまま結論が出るまで夜中まで評議を続けるか。すべては裁判員と裁判官の話し合いで――意見が一致しなければ多数決で――決められる。そして、評議が進み、最終的な結論(評決)に達したならば、裁判長は判決言渡しのための公判期日を指定することができる。判決書の起案――裁判官の専門分野である――に要する時間を予想して。

「耳かき殺人事件」の評議の時間が4日である根拠は何だろうか。若園裁判長は何を根拠にそれを4日と見積もったのだろうか。彼は検事が死刑を求刑することを予想したのだろうか。仮に、裁判長が4日の根拠を説明できたとしたら、それは公判が始まるまえに彼が事件とその審理について予断を持っていたことを示すであろう。4日という数字には確たる根拠はない。それは単なる直観にすぎないのである。その直観によって1人の青年の生と死を決定する話し合いのタイムリミットが定められたのである。これ以上の不条理があるだろうか。


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2010年08月27日

先日裁判員裁判用の評議室を覗く機会があった。大阪地裁の裁判員法廷を利用して行う法廷技術の研修会があり、講師たちはお昼のお弁当を評議室で食べることになった。一緒にランチをした大阪の弁護士によると、第3刑事部(樋口裕晃裁判長)の評議室だということだ。

会議用の円卓に9つの椅子、ほかにソファやマガジンラックなどもあり、くつろいだ雰囲気で評議ができるように配慮されている。冷たい水のサーバーもある。広さは12、3坪ということころだろうか。

ひときわ目を引いたのは、A2サイズの紙10枚ぐらいに拡大印刷して掲示してある、裁判員向けの文章である。それは横2メートル・縦1.5メートルくらいのもので、ホワイトボードに張り付けられていた。裁判長から裁判員へ向けてのメッセージのようなものである。その不格好な貼り紙を見て、私は、口頭できちんと説明する自信がないのかと揶揄したい気持ちと、部屋に入るたびに繰り返し確認できるようにという配慮なのだという肯定的な気持ちと、相半ばしつつ文章を目で追った。

しかし、すぐに肯定的な気分は吹き飛んでしまった。

「刑事裁判のルール」という見出しでこう書かれている。

「被告人が有罪であることは、検察官に、証明する責任があります。
「被告人が有罪か無罪かは、法廷に提出された証拠だけに基づいて判断します。
「新聞やテレビなどで見たり聞いたりしたこと、検察官や弁護人による事件の見方等についての意見は、証拠ではありません。
「証拠を検討した結果、常識に従って判断し、被告人が起訴状に書かれている罪を犯したことは間違いないと考えられる場合に、有罪とすることになります。」

裁判員法39条は、選任されたばかりの裁判員と補充裁判員に対して裁判長は「裁判員及び補充裁判員の権限、義務その他必要な事項」を説明するものとする」と定めている。そして、この規定を受けた裁判員規則36条は「裁判長は、裁判員及び補充裁判員に対し、その権限及び義務のほか、事実の認定は証拠によること、被告事件について犯罪の証明をすべき者及び事実の認定に必要な証明の程度について説明する。」と定めている。最高裁判所規則制定諮問委員会は、2007年5月、一つの参考資料として、この説明の文例(「39条の説明例」)を発表した。実際に行われている裁判員裁判で多くの裁判長はこの文例のっとって裁判員に説明していると多くの法律家は考えている。今回私が見た文章も明らかに「39条の説明例」を下敷きにしている。

しかし、よく読むと決定的に異なる部分がある。

「39条の説明例」には次のように書かれている。

「被告人が有罪であることは、検察官が証拠に基づいて明らかにすべきこと、つまり証明すべきことになっています。ですから、検察官が有罪であることを証明できない場合には、無罪の判断を行うことになります。
「被告人が有罪か無罪かは、法廷に提出された証拠だけに基づいて判断しなければなりません。新聞やテレビなどで見たり聞いたりしことは、証拠ではありません。ですから、そうした情報に基づいて判断してはいけないのです。また、検察官や弁護人は、事実がどうであったか、証拠をどのようにみるべきかについて、意見を述べます。これも裁判員の皆さんと裁判官の判断の参考にするために述べられるのであって、証拠ではありません。
裁判では、不確かなことで人を処罰することは許されませんから、証拠を検討した結果、常識に基づいて判断し、被告人が起訴状に書かれている罪を犯したことは間違いないと考えられる場合に、有罪とすることになります。逆に、常識に従って判断し、有罪とすることについて疑問があるときは、無罪としなければなりません。」(強調は引用者)

両者の違いは明らかである。評議室に貼り出された「刑事裁判のルール」には、いま引用した文章のうち太字イタリックの部分が欠落している。これらは全て「無罪」に関する記述である。評議室の文章はどのような場合に有罪判決をするのかということは書かれているが、どのような場合に無罪判決を出すのかについての説明が全くない。そして、この刑事裁判の最も基本的なルールの存在理由についての簡潔な説明――「裁判では、不確かなことで人を処罰することは許されません」――が消えている。

私は、愕然とした。ちょっと動揺した。そして憤った。ここまでやるのかよ!そう心の中で叫んだ。

評議室という密室の中で、裁判官はその気になれば、誰にも気づかれずに巧みな方法で裁判員を誘導することができる。これこそまさに、陪審制にはない、裁判員制度の宿命的な危険性である。私は評議室のなかの貼り紙の前でこの危険性が現実のものであることを実感した。
大阪地裁評議室2010-08-19R



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2009年06月23日

先月21日の裁判員法施行から1カ月間の裁判員対象事件の起訴件数は135件ということである。http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20090623AT1G2302G23062009.html これはどう考えても異常な数字である。最高裁判所のHPに掲載されている「裁判員対象事件数(平成16〜20年)によると、裁判員法が成立した平成16年以降の裁判員対象事件数は次のとおりである。http://www.saibanin.courts.go.jp/shiryo/pdf/04.pdf

平成16年 3,800件 月平均 316.6件
平成17件 3,633件 月平均 302.7件
平成18年 3,111件 月平均 259.2件
平成19年 2,645件 月平均 220.4件
平成20年 2,324件 月平均 193.7件

裁判員法が成立してから起訴件数が年々減少している。そのこと自体、甚だ不自然なものを感じるが、それにしても、裁判員法施行後1か月の起訴件数が135件と言うのは、それ以前と比較しても特異な減少率である。

これまで起訴された135件の中に否認事件は1件でもあるのだろうか。

このままでは、裁判員対象事件になるような重罪事件では被疑者は自白さえしなければ起訴されず、放免されてしまうことになるだろう。裁判員の仕事は、検察の有罪判断を確認するだけの実に退屈な仕事になってしまうだろう。


plltakano at 22:10コメント(13)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2009年06月14日

最近同業者から次のような話を立て続けに聞かされた。
「強盗致傷の事件で、勾留満期まで数日あるのに、5月20日付で突然起訴された。」
「強盗致傷の否認事件で、裁判員事件になると意気込んでいたが、不起訴になった。」
「強制わいせつ致傷事件で……(以下同文)。」
「強盗致傷事件だったが、強盗だけで起訴された。」

どうやら検察は、裁判員裁判になる事件のえり好みを始めたらしい。もともと日本の検察官はとても負けず嫌いであり、間違いなく有罪判決が取れると確信しない限り起訴しないし、起訴した以上何が何でも有罪にしようとあらゆる手を尽くす。5月21日の裁判員法の施行は、日本検察の有罪至上主義を刺激して、起訴事件のさらなる厳選に拍車をかけているようである。

この出来事が示しているのは、検察官が、職業裁判官よりも一般市民の方が有罪の証明責任を重くとらえるだろうと予想していることである。裁判官なら有罪にしてくれそうな事件でも、市民は無罪に投票するかもしれない。だから、その可能性のある事件は、多少無理してでも裁判員法が施行されるまでに起訴してしまう、あるいは起訴を控える、さらには罪名を軽くして裁判員対象事件から外してしまう。そういうことである。

弁護士のなかには検察が起訴事件を厳選することを良いことだと考えている人が多い。犯罪捜査の対象になるだけでなく、刑事裁判の被告人になることは個人にとって非常に大きな負担である。まして、保釈が認められずに何か月も、ときには何年も身柄を拘束されて刑事裁判を受ける個人の悲惨さは、多くの弁護士が目の当たりにしている。だから、できるだけ早く個人を刑事システムの網から解放することは良いことだというのは理解できる。しかし、被疑者個人の利益を離れて刑事司法全体の健全さということに目を転じると、この現象を「良いことだ」と喜んでばかりはいられない。むしろ、この現象は非常に不健全な現象だというべきではないだろうか。

事件が不起訴になるということは、その事件が裁判所という公共的審判機関によって判断を受けないということである。誰でも傍聴できる公開の法廷で証人尋問が行われ、証言に基づいて司法機関である裁判官や裁判員が、被告人が有罪なのか無罪なのか、そして有罪ならばどのような刑が相当なのかを判断するというプロセスが一切行われない。手続が打ち切られ被疑者は解放されるが、その判断は捜査訴追の一方当事者である検察官だけのものであり、その判断の根拠となる資料は検察官の事件ファイルの中に封印される。通常の市民はそのファイル(不起訴事件記録)にアクセスすることはできず、したがって、検察官の判断のプロセスを公共の場で議論することは不可能となる。犯罪被害者が不起訴処分を不当として検察審査会に審査の申立てをしたとしても、検察審査会の審査は非公開であるから、事件と検察の判断が公共的に議論されないという事態は変わらない。要するに、不起訴というのは事件を公共的なフォーラムで議論することを回避し、事件の情報を検察に独占させる装置なのである。

検察官は刑事事件の捜査と訴追の専門家である。だから、彼らが「有罪判決が取れるに違いない」と判断した事件の多くは裁判官によって有罪の認定を受けるであろう。確かに、最終的に有罪無罪の判断をするのは裁判官である。しかし、検察官が事件を厳選すればするほど、裁判官は検察官の判断を信頼するようになる。そして、多くの事件を一定期間の間に――したがって効率的に――処理しなければならない裁判官は、検察官の判断への信頼なしには生活できなくなる。「検察官が起訴した以上、よほどのことがない限り有罪に違いない」「この程度の事件を一から審査するのは時間の無駄だ」「どうせ間違いないのに、なぜこの弁護人はわざわざ証人尋問を要求するのだろうか。迷惑な話だ」。

しかし、人間の仕事は完ぺきではありえない。とりわけ、情報を独占し他者からの批判にさらされない仕事は、独善に陥りがちである。検察官が「有罪判決がとれる」と確信する事件の中には必ず無罪の事件が含まれている。裁判官が検察官の確信は必ずしも事件の真相を反映していないということを理解しているならば、裁判官は弁護人の指摘にも耳を傾け、無罪の発見のための努力をしようとするだろう。けれども、はじめから「検察が事件を厳選して起訴したのだから、まず間違いない」という予断をもって裁判をするならば、弁護人の意見や被告人の弁解を真摯に受け止めることはできなくなる。証拠を検察の描いた有罪の構図によってしか見られなくなる。その結果、無実の人に有罪の判決を言い渡しても、そのことを自覚できず、何度でも同じ過ちを繰り返すことになる。

裁判員裁判では、一つの事件だけのために、裁判の経験が全くない市民が6名加わることになる。彼らによって職業裁判官の「有罪バイアス」は緩和されるだろう。しかし、職業裁判官が裁判員の身近にいて「同僚」として仕事をする。普通の市民は裁判官を尊敬し、評議室の中でも裁判官の言動を重く受け止めるだろう。したがって、裁判官の「有罪バイアス」は多かれ少なかれ裁判員に伝播せざるをえない。

検察が裁判員対象事件を厳選し、通常の事件以上に有罪証拠の豊富な事件ばかり起訴するようになれば、裁判員がその市民感覚を事実認定に注入する余地は、完全になくならないまでも、非常に少なくなるだろう。どうせ有罪なんだという意識は、裁判員のやりがいを削ぎ、長期的には裁判員制度を形骸化させる危険性を生み出すだろう。被告人の犯罪とそれへの刑罰は、結局、検事がきめるのであって、裁判員の仕事はそれを追認するだけだ。これでは何のために市民が刑事裁判に参加するのか分からない。

犯罪被害者の立場に立ってみよう。本当は強盗致傷や強制わいせつ致傷の被害者なのに、検事が臆病で有罪至上主義であるために、ワン・ランクもツー・ランクも下の窃盗や条例違反の被害者と認定される。場合によって、犯人は刑事司法から完全に解放されてしまう。これで正義が実現されたと言えるだろうか。

検察庁法によれば、検察官の仕事は「公益の代表者」として「公訴を行い、裁判所に法の正当な適用を請求[する]」ことである(検察庁法4条)。刑事手続における検察官の目標は、裁判に勝つこと(有罪判決を獲得すること)ではなく、正義を実現することである。国民は彼らの自意識やメンツのために税金を払っているのではない。当事者主義の訴訟を通して真実に根ざした正義が行われ、その営為を通じて自由と秩序が保たれることを期待して、高度の能力をもった専門家を雇っているのである。

われわれはこれから数年間の検察統計と司法統計に着目すべきである。裁判員対象事件の起訴率と他の事件の起訴率の変化に特に注意しよう。もしも、裁判員対象事件の起訴率が、他の事件と比較して、有意に減少したとしたら、それは、日本の検察が国民の福祉よりも自分たちの面目を保つ方が重要だと考えていることを示している。そして、それは、裁判員裁判の健全な発展にとって大きな障害物になる可能性がある。


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2008年12月05日

塚崎直義「寒子放火事件の陪審裁判」改造昭和4年2月号49〜53頁

[解題] 昭和3年12月に東京地裁で最初の陪審裁判が行われた。4日間で28人の証人を尋問し、5日目に陪審の評決(答申)と判決言い渡しがなされた。ここに掲載するのは、この事件の主任弁護人を務めた塚崎直義の手記である。塚崎は大正昭和期を代表する弁護士の一人で元東京弁護士会長。戦後最初の最高裁判事の一人である。昭和のはじめ、われらの先祖がどのように陪審裁判に取り組んだのか、いま読んでもとてもためになる文章であると思う。なお、旧漢字旧かなづかいを一部現代風に書き換えた。



日本と西洋の陪審はその出生当初から既に甚だしい懸隔があった。特殊の環境、民族意識の中にあって日本陪審は如何に育まれ、如何に成長し、如何に方向づけられるか、この意味に於いて帝都初の陪審として、異常のセンセーショナルを惹き起した、山藤寒子放火事件の陪審裁判施行状況の一端を記述して読者諸賢に陪審の指標を定めて頂きたいと思う。此小稿は決して無意味でないと信ずる。唯だ私は実務家であって学者でないから論述するを止め単に陪審法廷を中心として記述を進めて行きたいと思う。予め此点の御了承を願いたい。

被告山藤寒子(21歳)は戸板縫製女学校中等教員養成科を卒業した教養のある女で、夫卯一(23歳)との間には長女初枝(3才)という娘さんがいる。同家は昭和2年7月馬込町清水窪3555番地に二階建て家賃85円の家を借り女中を雇って手広く商売を初めたが思う程の収入もなく取引先には約2千円の負債が出来たが、大部分は営業資金で家計は左程切迫してはいなかった。

放火のあった前日即3月14日は夫が家の戸締をして一家寝に就いたのが午後11時。その夜半、午前2時20分ごろ寒子が、ふと目を覚ますと二畳の間に、パチパチと異様な音がして赤い火が燃え上がるので吃驚し「火事だ火事だ」と叫んで夫を揺り起こし、二人で水をかけて消し止めた。幸い襖二枚焼いただけであったが何となく不安でその夜を明かし、午前7時寒子は夫が止めるを聞かず清水窪巡査駐在所に放火だと訴え出た。××巡査が来てみると現場には石油の臭が漂っていて燃え残りの新聞紙があった。現場の直ぐ脇の路次に出る硝子戸が一枚壊れており、その戸の錠はなかった。路次の表通りに面する木戸は閉じてあったが、裏木戸は掛金釘がはずれて開いていた。だが何処からも人の侵入した形跡がない。この報告によって大森署から××司法主任××外4、5名の刑事が出動し愈々辛辣な取調べが行わるる事となった。炯眼隼の如き××刑事は敏捷なる第六感によって寒子を犯人と認め、駐在所に同行取調にかかった。

表口は締り裏口は不明だが犯人出入の形跡がない。成程硝子戸は破損しているが其所より放火したと見られないとすれば第一の火事発見者寒子が怪しい、殊に寒子は現場臨検の際棚の上に在った揮発油瓶を押入に隠した。疑われると困るからと寒子は云っているが、証拠物を隠匿した態度は変である。この間誘導尋問のあったらしい形跡は多々あるが兎に角寒子は峻厳なる追及に一たまりもなく保険金詐欺放火と白状に及んだ。越えて其翌日大森署で××司法主任に放火の事実は認めたが其放火の原因は現住所を他に移転したい為であると申立を変更した。

事件は即日東京地方裁判所検事局に送られ愈愈小山検事の尋問に入ったが、寒子は亦た初めの如く保険金放火と供述したので直ちに松南予審判事の尋問を受けたが、其第1回訊問の前半は放火を認め、後半では否認した、判事が是れを責めると寒子は興味ある問答を重ねている。

(判事)27問、被告が放火したるは間違いないのか
答、実は私が放火したのではありませぬ、警察で責められたから、やったと云うて仕舞ったのです。
(判事)28問、けれど外から放火したとは見えぬし失火のようにも見えない状況と思わるるが什かね。
答、それでは私が點けた事にしておきます。総て御委せしますから御判断を願ひます。
(判事)29問、それではいかん、やったら、やったと云ったらどうだ。
答、私が本当に放火しました。

松南予審判事第2回尋問調書、放火を認む。
榎林予審判事第3回尋問調書、放火否認。
同上    第4回尋問調書、放火否認。
同上    第5回尋問調書、放火否認。
同上    第6回尋問調書、放火否認。
同上    第7回尋問調書、放火否認。

かくて予審は終結を告げ公判に付するに足る可き犯罪の嫌疑なしとして免訴の決定を与えられた所之に対し検事が抗告し、東京控訴院で審理の末、充分なる嫌疑あり、故に東京地方裁判所の公判に付すとの決定があった。そこで愈々事件は陪審最初の檜舞台上せられ、その是非を問はる々事となったのである。

11月22日公判準備手続きを終え、29日実地検証、12月10日先に田中地方裁判所長が抽選により選定したる36名の陪審員に対し豊水裁判長より夫々呼出状発すると共に28名の証人にも召喚状が出され此処に陪審の膳立は出来上がったのである。初陪審開廷の17日は非常な人気で早朝から傍観者が殺到し、午前6時には既に定員を越していた。午前10時出頭した陪審員候補者32名(4名缺)と係判検事弁護士、被告人とは先ず第2号法廷に入廷、非公開の内に陪審員の除斥忌避の手続を取り結局12名の正陪審員と2名の補充陪審員を選定した。今陪審員を職業別にすれば、機械販売業2、無職2、酒屋2、絵具商1、そばや1、こんにゃくや1、会社員1であった。11時25分法廷は公開された。此日判官席の後方には原法相、小原、濱田両次官、局長大審院長検事総長を初め司法大官、綺羅星の如く居並び又た普通傍聴席には警視庁其他の特別傍聴人、一般傍聴者を以て立錐の地がない。陪審員の服装に付て一寸思い出した話がある。今は昔独逸で初陪審の時Aさんは法廷に行くのだから威厳を示そうとハイカラーにモーニングの出立ち、Bさんは民衆裁判だからと日本なら差しづめ腹掛丼の通常服で出かけた。二人は法廷で相手の服装を眺め合った、翌日Aさんは通常服Bさんはモーニングでお互に顔見合って呆然としたと云う滑稽談がある。今度の陪審には12名中2名は洋服それも通常服で和服も極めて質素なもの民衆裁判には相応しい服装と思った。閑話休題、午前11時半書記の敲く拍子木の音が廷内に響き渡ると「起立!」満廷の傍聴席は水を打ちたる如く鎮まり、しはぶき一つ聞こえぬ中を豊水裁判長は、大野、石田の陪席判事を従え正面中央の闥を排して入廷。場内の空気はいやが上にも緊張した。裁判長は先ず陪審員に注意を与え、「良心に従い公平誠実にその職務を行う」と宣誓書を読み下し陪審員はこれに署名捺印する。満場固唾を呑んで裁判長の一挙一動に目を見張る。寒子が被告席につく、友禅の袷羽織、髪は無造作に束ねて伏目勝になって居る、先づ北条検事が立って「被告は負債返還の為8千円の保険金を詐取せんと、3月15日午前2時ごろ、前日女中をして買わしめた揮発油を、新聞紙に注ぎ、2畳の襖に放火したが、思い直して消し止めた」と、詳細に公訴事実を述べる。

陪審員は事件の内容を聴き洩すまじと熱心だ。裁判長の取調べに対して被告は放火事実を全然否認し、刑事が火を初めに見付けた、お前がおかしいと責めた事。揮発油の壜を隠したのは疑わるるのを懼れてやった事。大森署で放火したと云わねば帰さぬと言われたこと。検事局で事実を認めたのは警官が検事局では唯だ、あやまればよいと、云ったから等と細々と誘導尋問の説明をして最後に家庭の事情を調べられ休憩。
 
午後3時再開、劈頭、夫卯一が取調べられ、続いて女中の塩澤とみが証人として呼び出されたが要点に行くと忘れました、覚えませぬと申立てたのであるが裁判長から揮発油の瓶を示されると買ってきた当時の分量を筆で印を付け、お神さんは夫れでテガラを洗っていたのを見たと述べ更に現量が予審で見せられた時より減っていると意外の陳述をしたので陪審員の顔には不審の影がさした。公判第1日は、かくして7時10分に閉廷した。

陪審第二日は借金について被告に有利な証言があった。先ず千代田火災の勧誘員取調後被告方と取引ある菓子屋さんが6名余取調べを受けたが皆貸金は次第に支払を受け別に厳重な催促はしなかった旨を述べて引き下がる。卯一の母が実家は3萬余円の資産があると述べて裕福な事を示せば、寒子の実姉は汚れたテガラを5枚遣ったがそれが皆綺麗になっていると、揮発油の減っている訳を説明する。寒子の実父は襖の破れ目に新聞紙を突き込んだのはお可笑い、襖は自分が張り替えた、寒子は臆病者でそんな事は出来ないと性格の方から有利な証言を呈する。寒子が警察に引かれてから子供の措置は、どうしました、との私の問に対して「私共夫婦は泣く孫を抱いて一晩中寝ませんでした」と泣声で答えるや寒子は泣き伏して身をもだえ実父も面を伏せた。陪審員席から貰い泣の声、傍聴席にすすり泣の声。我々弁護人も暗然涙を呑んだが真に陪審裁判らしい劇的場面であった。

第三日午前は同居人其他の証人調べあり。午後は本件の鍵を握り居る大森署の警官が証人に立つと云うので陪審員は一言も聞き漏らすまいと耳を欹てる。清水窪駐在巡査××がガラス戸は戸締りがしてあり外に足跡がなかったと云うと、寒子は金切り声を挙て「違います外に足袋の滑り跡があったと云ったではありませんか」と喰ってかかる。××刑事陳述後、寒子はこの刑事が自白しなければ帰さぬと云ったのです。嘘ばかり云っています。新聞紙に揮発油を注いでマッチで火を点けただろうと自白の方法まで教えたのですと申立てる陪審員は怪しからぬ事だと計り膝を乗り出す。続いて××司法主任が小泉陪審員からマッチ箱の指紋をなぜ取らなかったと鋭い質問を受け、マッチ箱は指紋が取れませぬからですと答えるや、弁護人は威丈高に「夫れは証人の独断でしょう。貴官は警世社から出ている指紋の本を読んだ事がありますか」と切り込む。中中の激戦であった。8時閉廷。

第四日目裁判長が予審廷での第1回第2回調書を読み聞かせる頃には陪審員席は予審廷に於ける寒子の意外な陳述に緊張する。午後北条検事が峻烈な論告をした。流石は地方裁判所切っての腕利きだけに要所々々を突て水も漏さぬ戦陣を張った。私は立ちて18点の事実を提げて無罪論を主張し上原坂田両弁護人犯人外来説を高唱する。陪審員は夕食を延期し空腹をこらえながらもノートを取る。其熱心さには満廷一人として感激せぬものはなかった。最初裁判所の予定では此日結審の筈であったが、午後9時30分陪審員は疲労した頭で此重大な答申をするのは、差控えたいとの希望を申出で、裁判長は理由ありとしてその願を容れ総てを翌日に延期した。

第五日目の法廷では白粉気のない寒子の頬に窶さえ見えていた。裁判長より陪審員に向かって丁寧な説示があり、其間陪審員から種々の質問が出て約2時間の後、問書が読み上げられたが、この問書に付て多少の波乱があり漸くにして陪審員は評議室へ退いた、時に午後2時半運命の鍵を握った陪審員は中々現れて来ない。息づまる様な緊張の空気が室内に漲る。午後4時半小泉陪審長が運命のサイ四つ折の紙を両手にして出廷する。徐に夫れを裁判長に提出する。答申は「然らず」であった。寒子はハンカチに顔を埋めた。続いて裁判長が「被告を無罪とす」と厳かに判決を申渡した。折から停電、蝋燭の光を浴びて寒子も陪審員も満廷悉く厳かに頭を垂れた。陪審五日四十五時間、此処に陪審は大団円を告げたのであった。
 
かく陪審裁判は予期以上の高結果を示したのみでなく警察官の捜査訊問上に一大革命を齎し、従来とかく非難のあった人権蹂躙誘導尋問等に一大鉄槌を下して意義ある陪審の第一幕を閉じた。

法廷における寒子の陳述によれば「自白すれば帰す」とか「揮発油を3分の1注いで火をつけたのだろう」とかの如き誘導尋問によって自白を強要したと云う、若しこれが事実ならば、そしてマッチの指紋も採らず、戸が開き硝子が破壊されているにも拘わらず、他より侵入の形跡なしと、明確なる断案を下して、最初の発見者寒子を嫌疑者と睨んで司法警察の万膳を期す現在のような遣り口では陪審の度毎に警察は益々威信を失墜するに至るであろう。然し此度の公判には、幸いに警視庁から捜査関係の人々が多数傍聴に見えていたので今後の捜査訊問等には必ず大なる改良が行わるる事と信ずる。

公判中心主義となった結果として勢い多数の証人が喚問さるるので裁判の公正確実さは従来とは比較にならぬ程、保証される様になった。而して証人には記憶の新しい所を述べさせる必要上事件を短時日で片付けねばならず、従って被疑者が未決監で苦しむ期間は、自然短くなる訳であって人道上にも、又た大きい貢献があると謂わねばならぬ。

陪審裁判になると無罪が増加するのは事実であり、世の非難も此点にあるが、夫れについて面白い話がある。嘗て鵜沢博士が原敬氏に陪審の弊害は無罪の増加であると云うと原氏は言下に「無罪が増える。左様な弊害なら結構じゃないか」と陪審法制定に付き努力されたと聞いている。此一言味うべきではあるまいか。終に臨み陪審員に付て一言するが本件の陪審員諸君は実に公平誠実而も熱心で世人をして流石は帝都の陪審員なりと思わしめた。或陪審員の如きは克明にノートを取って居た。殊に小泉陪審員の指紋に関する追及、村岡陪審員の問書に付ての質問等は実に熱誠より迸る賜物でなくて何であろう。評議室内の事は知る由もないが、2時間に亘っての事であるから議論沸騰筍しくも人を裁く身の、事件の真髄を掴むに苦心焦慮したであろう事は想像に難くない。私は嘗て外遊の途次西欧諸国の陪審法廷を見学したが、日本の陪審員程熱誠公正な陪審員を見た事がない。何卒今後の陪審員も此精神意気を以て其尊き職務にたずさわって貰いたい。かくして官民一致意義ある陪審裁判の完成に努力し小にしては司法上に大にしては国家の上に大なる利益を齎す様御互に精進していきたいと思う。



plltakano at 23:23コメント(6)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加
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