2021年10月11日

「裁判所の電気」使用禁止処分(3):特別抗告申立て

 東京高裁の抗告棄却決定に対して、本日、最高裁判所あてに特別抗告の申立てをしました。
 その全文は以下のとおりです。 

特別抗告申立書


 基本事件の公判裁判所である横浜地方裁判所第3刑事部裁判長裁判官景山太郎は、2021年9月27日に行われた公判前整理手続において、弁護人らに対して、公判前整理手続において裁判所の電気を使用してはならないと命じた。弁護人らは、この裁判長の処分は刑事被告人の弁護権を侵害するものであり違法であるとして異議を申し立てた。裁判所はこの異議申立てを棄却した。弁護人らはこの棄却決定に対して東京高等裁判所宛に抗告を申し立てた。原審東京高等裁判所第5刑事部は、抗告の対象となる公判裁判所の決定は存在しないとして、抗告を棄却した。しかし、この原決定は誤りであり、公判裁判所は弁護人らの異議を棄却する決定を確かに行っており、かつ、その決定は違憲違法であるから、原決定及び公判裁判所の決定を取消し、さらに景山裁判長の処分も取り消したうえ、弁護人らが弁護活動のために必要な限り裁判所内で電気を使用することを認めるとの決定を求める。

抗告理由

1 「決定」の存在
 原決定は、「弁護人の異議申立てに対して、裁判所が決定をしたとは認められないので、本件抗告の申立ては存在しない決定に対するものであり、不適法である」という(決定書、1頁)。しかし、公判裁判所がわれわれの異議申立てを棄却する旨の決定をしたことは紛れもない事実であり、原決定は誤りである。

 9月27日の出来事を振り返ってみよう。その日、和田恵弁護士と西田理英弁護士は、定刻の午後1時30分の数分前に横浜地裁403号法廷に到着し、弁護人席についた。このとき法廷内には、裁判所書記官、通訳人、被告人T氏、そして彼を戒護する横浜拘置所の職員2名も定位置についていた。その後、景山太郎裁判長と鈴木新星裁判官が法廷に現れた。裁判長は、T氏の手錠を解錠するよう職員に指示し、手錠は解錠された。2名の検察官も検察官席に着席し、裁判官席の前には2名の司法修習生が座っていた。さらに、傍聴席には検察事務官がいた。

 このとき、ただ一人、主任弁護人の高野隆だけが不在だった。彼は、午後1時から同じフロアの402号法廷で別の事件の公判前整理手続に参加していた。そちらの手続が午後1時30分を過ぎても終わらなかった。和田弁護人が事情を説明すると、景山裁判長は「分かりました。来るのを待ちしましょう」と言った。つづけて裁判長は、「待っている間に……」と前置きを言ってから、弁護人席にいる2人の弁護士に向けて、公判前整理手続期日において電源を使うことはできないと告げ、要旨次のように説明した。

・皆さんだけに国の電気の使用を許すわけにはいかない。
・パソコンでメモを取るというのは私的なこと。仕事のためかもしれないが、自分の電気でやるように。
・各地の裁判所でもそのようにしている。
・公判前整理手続で電気を使うのは筋違いだと思う。

 和田は、法廷でパソコンを使うのはメモを取るためだけではない、書面や証拠などもパソコンで確認するもので弁護活動の上でパソコンが必要であり、そのためには電源の使用が必要であると指摘した。しかし、裁判長は「考えは変わりません」と述べて、電源の使用を許さないことを再確認した。
 
 このやり取りの直後に高野が法廷に現れた。高野は、遅れたことを詫びて席に着いた。景山裁判長は「公判前整理手続を始めましょう」と告げた。高野はパソコンと電源ケーブルを取り出し、弁護人席の近くにある電源コンセントにケーブルを挿そうとした。景山裁判長は「ここでこれ以上議論するつもりはない」と言いつつ、先刻和田と西田に述べたのと同じことを繰り返した。

「皆さんだけに電気の使用を許すわけにはいかないので、国の電気ですから、私的とか、仕事上かもしれないけど、自前の電気でやってください。そのように各地の裁判所でもしています。公判前整理手続で電気を使うのは筋違いだと思います。公判の時は、証拠をみんなに見せるので私的な使用とは違いますので。」

 主任弁護人高野は起立して、景山裁判長に「これは裁判長の処分でしょうか」と尋ねた。裁判長は「そうです」と答えた。高野は続けて、こう発言した。

「それでは、ただ今の、法廷の電気の使用を許さないという裁判長の処分に対して異議を申し立てます。
 現代において弁護活動を行う上で、パソコンの使用は不可欠です。そのために法廷内の電源の使用を許さないというのは、時代錯誤です。それは弁護活動に対する不合理な制限であり、日本国憲法37条3項がすべての刑事被告人に保障する弁護人の援助を受ける権利を侵害するものです。
付け加えれば、これまで各地の裁判所は弁護人に対して法廷における電源の使用を許してきました。今回の裁判長の処分はこうした良き実務慣行を破壊するものでもあります。
 以上の理由により異議を申し立てます。」

 裁判長は、左隣に座っている鈴木新星裁判官の方を見た。二人は互いにうなづくような動作をした。その後、景山裁判長は弁護人席の方を向いて「異議を棄却します」と告げた。

 続けて裁判長は、通訳人に向けて、主任弁護人とのやり取り――法廷での電源を使用することを禁じること、これに対して弁護人が、弁護人の援助を受ける権利を侵害する違法な処分であるという異議を述べたこと、その異議を棄却したこと――を自分で要約して通訳するように命じた。通訳人はT氏に向けて通訳した。

 景山裁判長は、原審に提出した意見書の中で、高野とのやり取りが行われたのは「公判前整理手続期日の開始前であった」とか(意見書、2頁)、「異議を棄却するとも告げていない」(同、1〜2頁)などと述べているが、これらはいずれも事実に反する。裁判所の電気の使用を禁じるという裁判長の発言が主任弁護人が到着する前に始められたのは事実であるが、高野が到着して、「それでは公判前整理手続を始めましょう」と自ら告げた後に、もう一度電気使用の禁止とその理由を語ったのである。

 実質的に考えても、一連のやりとりは公判前整理手続の中で行われたと言うべきである。受命裁判官2名、検察官2名、弁護人3名、被告人、書記官、通訳人――加えて、司法修習生、刑務官、検察事務官――という参加者全員が揃った法廷のなかで行われ、かつ、最終的に裁判長はやり取りのすべてを自ら要約して通訳人に通訳させて、日本語を解さない被告人にも理解させたのである。

 景山裁判長は、高野の異議申立に耳を傾けたうえ、左隣の鈴木裁判官になにか小声でささやき、うなづいて、弁護人席に向き直って「異議は棄却します」と間違いなく発言した。その発言を法廷にいた全員が聞いている。この発言があったからこそ、弁護人は着席したのである。異議に対する裁定を聞かずに高野が着席するはずはない。それは刑事弁護人としてのルーティンであり、長年にわたる法廷活動によって身体に染み付いた動作である。

 景山氏は、この事件を主宰する裁判官として弁護人らに対して、法廷内に供給された電源――「国の電気」――を使用してはならないと発言したのである。改めて確認するまでもなく、この発言が「裁判長の処分」(刑事訴訟法309条2項)に該当することは明らかである。しかも、主任弁護人は、念の為に「これは裁判長の処分でしょうか」と尋ね、裁判長は「そうです」と答えたのである。これに続く「『裁判長の処分に対する異議の申立て』と称して」なされた「本件言明」(景山・意見書、1頁)が、まさしく、裁判長の処分に対する異議申立(刑事訴訟法309条2項)であることは、もはや疑問の余地はないであろう。

 異議申立について裁判所は「決定をしなければならない」(同法309条3項)。異議申立を受けながらこれを放置することは許されない。「法廷の電気の使用を許さないという裁判長の処分に対して異議を申し立てます」という高野の発言をただ聞き流すということは決して許されないのである。そのような態度は、法が要求する裁判所の職務の放棄にほかならない。今回の手続は公判裁判所を構成する3人の裁判官ではなく、裁判長と陪席裁判官1名によって構成される受命裁判官によるものであったが、この2人は公判裁判所と同一の権限を有する(同法316条の11)。要するに、景山裁判長と鈴木裁判官は、高野が申立てた異議に対して決定を行う法律上・職務上の義務があった。そして、実際に2人は合議のうえで異議を棄却するという決定を行い、この問題に決着をつけたのである。

 景山氏は、事前に検察官の意見聴取をしていないから、異議に対する決定はしていないはずだという(意見書、1〜2頁)。しかし、検察官の意見聴取は裁判所の決定の必要条件ではない。訴訟当事者の訴訟活動に対する異議――たとえば、検察官の証人尋問に対して弁護人が異議を述べるような場合――であれば、裁判長は相手方の意見を聴取してから裁定を下すことが珍しくない(常にそうとは限らないが)。しかし裁判長が行った処分に対する異議のように、裁判体自身の行為に対する当事者からの異議については、裁判所はもうひとりの当事者の意見を聴かないまま決定――異議棄却決定――をすることが多い。いずれにしても、景山裁判長が検察官の意見を聴かなかったことは、異議棄却決定が存在しなかったことを裏付けるものではない。
 
2 「決定は存在しない」という判断の違憲性
 景山裁判長は、弁護人に対して、法廷に供給される電源の使用を禁じるという重大な処分を行いながら、その事実を公式の訴訟記録(公判前整理手続調書)に一切残していない。全訴訟関係人が立ち会った法廷で行われ、日本語を解さない被告人にも通訳された、主任弁護人との一連のやり取り――異議申し立てとそれに対する裁定――も何一つ、全く、公判前整理手続調書に記録しないという挙に出た(添付の第4回公判前整理手続調書(写し))。こうすることで、弁護人の異議申立てもそれに対する裁判所の決定も存在しなかったことにしようとするのである。そのことを正当化するために、一連のやり取りは「公判前整理手続期日の開始前であった」などという事実に反する言い訳までしている(景山・意見書2頁)。

 公判前整理手続は非公開で行われ、傍聴人は一人もいない。被告人や弁護人が目の前で目撃し体験した事実を訴えても、裁判長が「そんなことはなかった」と言えばそれはなかったことにされてしまう。権利の侵害だけが現存し、その救済の手がかりは全て否定される。こうして裁判官は法廷内の出来事を自身の都合に合わせて操作し、歴史を改ざんすることができる。あとに残るのは、まぎれもない実体として傷を受けた人間の絶望と恥辱だけである。これこそがまさに非公開裁判――「秘密の審問」(Secret Inquisition)――の危険と恐怖にほかならない。

 一連のやり取りはすべて期日開始前に行われたとか、弁護人の異議申立ては、異議申立てではなく、「『異議の申立て』と称する」「言明」にすぎないなどという景山裁判長の一方的な主張(景山・意見書1頁)をそのまま受け入れ、「期日外のやり取りであり、裁判書が作成されていないのであるから」、裁判所が電源使用禁止処分を「変更しない旨発言したことがうかがわれる」としても、決定は存在しなかった(原決定、2頁)という原決定は、手続が公開されていないことを利用して、事実を捏造し言葉を弄んで、法が本来予定している権利救済の道を塞ぐものにほかならない。それは単なる事実誤認ではなく、裁判を受ける権利(憲法32条)及び法定手続の保障(同31条)を侵害する。

3 抗告申立の適法性
 裁判所の電気の使用を禁ずるという裁判長の処分に対する弁護人の異議申立を棄却するという裁判所の決定は、「裁判所の管轄又は訴訟手続に関し判決前にした決定」(刑事訴訟法420条1項)ではない。実質的に考えても、本件のような決定に対して即座に――1審判決を待たずに――上訴できないというのは極めて不都合な結果をもたらす。この決定が是正されなければ、われわれ弁護人は今後も裁判所の電源を使用できずに、「自前の電気」を用意するかパソコンの使用を諦めるしかない。景山裁判長は、いまのところ公判前整理手続について電気使用禁止処分を行っただけであるが、公判(裁判員裁判)開始後も同じ処分をしないという保障はない――われわれ弁護士の法廷活動を「私的な仕事」であり「国の電気」を無償で使用できる立場にはないという彼の論法は、公判期日における弁護人の活動にも当てはまるだろう。こうした状態が、1審判決が出され控訴審が判断するまで是正されないというのは、あまりにも不合理であり、不公正である。

 電気使用禁止処分は違法であったと控訴審が判断したとして、そうした違法は「判決に影響を及ぼさない」(刑事訴訟法379条)として、破棄に至らない可能性が大いにある。そうすると、違法な処分がそのまま有罪判決の基礎として残存することになる。そしてさらに、仮に控訴審判決が電気使用禁止処分の違法を理由に有罪判決を破棄したとしても、――有罪証拠と電気使用禁止処分との関連性が認められるようなことがない限り――無罪の自判をすることはできないから、差戻判決をするしかない。そうすると、ここで抗告審が事態を改善しない限り、結局、被告人は適法な刑事裁判を受けられないか、受けられたとしても裁判をやり直す以外にないということになる。本件は、判決前に手続の正当性を早急に回復するという抗告制度の適用が必要な事案なのである。

 景山氏は、本件抗告は二重の異議(刑事訴訟規則206条)であり、また、訴訟遅延をもたらすものであるから、許されないなどと主張している(景山・意見書2頁)。この主張も誤りである。刑事訴訟規則206条は「異議の申立について決定があったとき、その決定で判断された事項については、重ねて異議を申し立てることはできない」と定めている。これは公判裁判所が既に判断し決定した事項について公判裁判所にもう一度異議申立てを行うことはできない――たとえば、検察官の尋問に対して伝聞であると異議を述べ、裁判所がこの異議を棄却したのに、その尋問中にもう一度伝聞の異議を述べて尋問の中止を求めることはできない――ということである(最高裁判所事務総局『刑事訴訟規則の一部を改正する規則説明書(刑事裁判資料第36号)』(1952)、52頁)。本件抗告申立ては、われわれの異議を棄却した公判裁判所の決定に対して、別の裁判所(上訴裁判所)である高等裁判所に不服の申立をするものであるから、二重の異議でないことは明白であろう。

 そして、本件抗告が訴訟遅延を目的とした権利濫用でないことも、多言を要しないだろう。次に述べるように、法廷における電源の使用を禁止する景山裁判長の処分は、刑事被告人の基本的な権利である、弁護人の実質的な援助を受ける権利を侵害するものであり、また、刑事司法における弁護人の弁護活動の公的性格を否定するものであって、極めて重大な法令違反である。われわれはこの事態の早急な改善と権利救済を求めて、高等裁判所に抗告しているのであって、訴訟遅延のために策を弄しているのではない。この抗告によって訴訟遅延がもたらされることもおよそ考えにくい――次回公判前整理手続期日は11月8日に指定されており、この抗告によって同期日の開催が危ぶまれることなど考えられない。

4 弁護人の援助を受ける権利の侵害
 現代社会において、パソコンの利用は、効果的な弁護活動を行ううえで必要不可欠である。現代の弁護人は、法廷においてパソコンを使用して、メモを取り、データ化された訴訟書類や証拠を点検し、そして、事実認定者に証拠を提示したり、冒頭陳述や最終弁論の際にビジュアル・エイドを活用するのである。こうした活動は、公判期日においてだけ必要というわけではない。充実した公判を連続的に行うための準備として行われる公判前整理手続においても、パソコンを用いた弁護活動――典型的にはメモをとったり、訴訟記録や証拠を点検するなどの活動であるが、それらに限られるわけではない――は必要不可欠である。

 要するに、弁護士がその職責を十分に果たすためには、裁判所においてパソコンを使用する必要があるのであり、そのために電源の供給を受けることは弁護活動の必須の条件なのである。そして、こうした弁護活動を補助するために、現在の法廷の当事者席にはパソコンに接続するためのモニターケーブル等が設置され、電源を供給するために電源タップが備えられているのである。司法の一翼を担う弁護活動を効果的・効率的に行えるように、日本国民は税金を投入してこうした設備を弁護人に提供しているのである。

 法廷における弁護人席への電源の供給は、裁判所が「恩恵」として弁護人に授けているのではない。憲法が保障する弁護人の援助を受ける権利(憲法37条3項)を実効的に確保するためには、こうしたインフラの整備は不可欠なのである。そして、それは司法が適正に運営され市民の信頼を得るためにも不可欠な要素なのである。弁護人が法廷でパソコンを使えず、紙とペンでメモを取らなければならず、証拠や資料の検索もできず、プレゼン・ソフトも使えない、そのような不便を強いる裁判はもはや国民の信頼を得られないのである。

 わが国が批准した市民的及び政治的権利に関する国際規約14条3項(b)は、すべての刑事被告人に「防御の準備のために十分な[…]便益」(adequate [...]facilities for the preparation of his defence)が保障されなければならないと定めている。この規定はヨーロッパ人権条約(European Convention on Human Rights)6条3項(b)を引き継ぐものである。ヨーロッパ人権裁判所の判例によれば、同項は、被告人が防御活動に集中できるような環境を確保することをも要請しているのである(Razvozzhayev v. Russia and Ukraine and Udaltsov v. Russia, Judgment, 19 November 2019, No. 75734/12)。そして、この保障は被告人だけではなく、その弁護人にも及ぶのである(Manfred Nowak, CCPR Commentary, 2nd rev’d ed., 2005, p332)。ノートパソコンの電源が切れるのを心配しながら法廷活動をしなければならないのでは、弁護人は落ち着いて手続に集中できない。弁護人席に電源タップがあるにもかかわらず弁護人をそうした状況に追い込むというのは、不必要で理不尽で不合理な制約である。ほとんど嫌がらせ、いじめというべきである。

 景山裁判長は、「公判前整理手続期日程度の時間であれば、法廷電源の使用は不要であろう」と言う(景山・意見書、2頁)。この主張には全然理由がない。公判前整理手続期日で行われることが予定されている事柄は多彩である。争点の整理、証拠請求や証拠意見の聴取、証拠の採否の決定などが行われる(刑事訴訟法316条の5)。そうした決定を行うために、事実の取調べ――証人尋問など(刑事訴訟規則33条3項)――を行うこともある。景山氏が具体的にどの程度の時間を想定しているのか不明である。多くの期日は30分前後で終わるが、1時間以上にわたることも決して珍しくない。高野が経験した裁判員裁判のための公判前整理手続では、2時間以上の期日が複数回にわたって行われた。

 公判前整理手続がはじまるときに弁護人のパソコンがいつもフル充電されているとは限らない。むしろ、そうでないことのほうが多い。検察官のように弁護人のオフィスは裁判所の隣りにあるわけではない。横浜地裁の公判前整理手続に出頭する前に、東京地裁で公判期日があるかもしれない。横浜拘置所で別件の依頼人に面会しているかもしれない。今回の高野のように、隣の法廷で別件の公判前整理手続をしていることもある。要するに、弁護士が法廷にフル充電のパソコンを携えて行けることは、ほとんどないのである。

 われわれは「訴訟手続において防御のために必要なものは全て国費で賄う」(景山・意見書3頁)ことなど要求していない。われわれは景山裁判長に判例検索ソフトを用意しろと言っていないし、老眼鏡を国費で買ってくれとも要求していない。われわれが要求しているのは、弁護人席に設置済みの電源タップに電気を供給し、そこに弁護人のパソコンのコンセントを差し込むことである。

 法廷での電気の使用を禁じる景山裁判長の処分は、弁護活動の機能を奪い、効果的な弁護を受けるという被告人の権利を侵害するものである。それは日本国憲法に違反し、国際条約にも違反する。

5 弁護人の役割の否定
 景山裁判長は、法廷における弁護活動は「私的」なものであるから、そのために政府の機関である裁判所の資源――「国の電気」――を使うことは許されないという。しかし、これは官尊民卑思想と弁護人の役割に対する無理解に基づくものというほかない。

 われわれは法廷で綿菓子を売っているわけではない。われわれは法廷で刑事訴追を受けた人の弁護活動をしているのである。われわれは国家から訴追された個人の権利と利益を擁護することを通じて、国家の中核的機能の一つである刑事司法を担っているのである。われわれの仕事は、個人の基本的人権を擁護することを通じて社会正義を実現することである(弁護士法1条、弁護士職務基本規程1条、46条)。

 第8回国連犯罪防止会議(1990年)で採択された「弁護士の役割に関する基本原則」は、弁護士を「司法運営における必須の代理人」(“essential agents of administration of justice”)と呼んだ(原則12)。そして、政府は「弁護士への効果的で平等なアクセスのために効果的が手続と即応的なメカニズムを確立しなければならない」と要請している(原則2)。また、アメリカ法曹協会(American Bar Association)による「刑事弁護の機能に関する刑事司法の準則」(第4版、2017年)4.1-2 (a)(ABA Criminal Justice Standards: Defense Function, 4th ed., 2017) は、刑事弁護人の機能と義務に関して、「刑事弁護人は刑事司法の運営に必要不可欠である。刑事事件を審理するために適切に構成された裁判所は、裁判所(裁判官、陪審員、その他の裁判所職員を含む)、検察側法律家、そして弁護人で構成される実体と見なすべきである。」と定め、弁護人が事件を審理する裁判所の一員(officer of the court)とみなされるべきことを定めている。わが国における刑事弁護人の役割もまさに、これらの国際的な準則が定めるものと同等のものであるべきである。

 景山氏は、意見書の中で、「公判期日においてデータ化された証拠内容をパソコンを使って表示するなど、公判期日での立証活動は、訴訟関係者全員のために行う正に公的な活動といえるから」法廷電源の使用は許されるという(景山・意見書、3頁。強調は引用者)。この論理によれば、公判期日におけるメモの作成、弁論や尋問のための証拠の検討、起訴状や証明予定事実記載書などの書類の点検など、訴訟関係者全員のためではなく、被告人のためだけの活動には法廷電源の使用は許されないことになる。景山氏のこの主張は、弁護活動の公的役割について彼が理解していないことを如実に示している。法廷における弁護活動は「訴訟関係者全員のために行う」から公益性があるのではない。われわれはたった一人の被告人のために全力を尽くすことで、司法の公的役割を担っているのである。前出のアメリカ法曹協会の準則4-1.2(b)は「弁護人が依頼人と司法運営に対して、裁判所の一員として負うべき第一の職務は、彼らの依頼人の援助者及び代弁者として、勇気と情熱をもって奉仕すること;彼らの依頼人の憲法その他の法的権利を擁護すること;そして、効果的で上質な法的援助を尊厳を持って提供することである」と規定している。この準則の注釈はこう言っている。

 「弁護人は、被告人の諸権利を擁護する中で、幾つかの事柄について裁判官の希望に逆らうことがありうる。そうした抵抗は不遜な行動に至るべきではないとはいえ、弁護人はときにしぶとくかつ非協力的に見えるかもしれない。そうした行動をしながら、弁護人は司法運営における自らの職責に反しているのではなく、むしろ、当事者主義の司法制度において必要かつ重要な役割を果しているのである。当事者主義の司法制度は、検察官の熱心な活動並びに裁判官の持続する中立性とともに、弁護人の存在とその熱心な専門的防御活動を要請するのである。刑事弁護人は、検察官の訴追活動に挑戦しているという理由で、司法運営の障害物とみなされてはならない。そうではなく、司法運営がその役割を達成するための不可欠の部分であるとみなされなければならない。」

 この立場はわが国の法が要請する刑事弁護人の役割と同じである(弁護士法1条、弁護士職務基本規定1条、46条)。景山太郎裁判長は、われわれ刑事弁護人のこうした公共的役割を理解していない。「訴訟関係人全員のため」でないわれわれの活動は「私的な仕事」に過ぎないと決めつけて憚らない。およそ的外れで時代錯誤的な思い込みであると言う他ない。

6 結論
 景山太郎裁判長がわれわれ弁護士の法廷内における仕事を私的営業と判断し、ゆえに、法廷の電気を利用することは許されないという処分をしたことは紛れもない事実である。この処分が取消されない限り、われわれはT氏の防御のためにパソコンを法廷で十分に活用することはできない。そして、いずれ日本国中の被告人と弁護人が同様の不便を強いられることになるだろう。全国の弁護士は、法廷に発電機やバッテリーを私的に持ち運ばなければ満足な弁護活動ができなくなるだろう。

最高裁判所判事の皆さん、

 そうすることで日本国民が得られるものがあるでしょうか。むしろ、そうすることで日本国民が失うものは計り知れないのではないでしょうか。この国の刑事司法に対する人々の信頼を勝ち得ることになるのか、それとも世界の人々の信頼を失うのか。私どもは皆さんのご賢察を求めるしかありません。

付属資料
1 第4回公判前整理手続調書(写し)
2 弁護士和田恵の陳述書
以上


plltakano at 22:14コメント(6)  このエントリーをはてなブックマークに追加

コメント一覧

1. Posted by 名無し   2021年10月11日 22:48
通訳人が被告人に逆恨みされて殺されるというおそれがあります。そのため基本的に通訳人の名前を裁判所は出すべきではないと思いますが。。仮に裁判所の責任だとしても、今回の先生のご主張に通訳人の名前は関係がないはずですので速やかにマスキングしていただきたいと思います。
2. Posted by 名無し   2021年10月12日 00:09
通訳人名を出すのは通訳人保護の観点から問題では?
3. Posted by アルゼンチン航空相撲   2021年10月12日 02:44
憲法上の要請でもある弁護活動を目的としており、かつ、裁判所で行われる期日という一定の時間・場所内でのことに過ぎないのに、今時そこら辺の公立図書館でも許容しているようなPCへの電源供給すら許容しないというのは、明らかにバランスに欠いているように感じます。
頑張ってください。
4. Posted by 電化製品マニア   2021年10月12日 06:10
今はモバイルバッテリーという便利な道具があります。
それほど高くないはずですので、ご利用を検討されてはどうでしょう。
5. Posted by 名無し   2021年10月12日 14:23
>>4
それはそれ これはこれ
6. Posted by 悶絶   2021年10月14日 21:28
>>4
スマホじゃなくてパソコンよ?モバイルバッテリーじゃ全く足りないでしょ。アウトドア用のポータブル電源くらいじゃないと。

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