2021年06月08日
「PDF謄写」の開始を求める申し入れ
証拠開示のデジタル化を実現する会(共同代表 後藤貞人、高野隆)は、6月3日付で、東京地検と大阪地検あてに検察官手持ち証拠をPDFデータで開示することを求める申し入れを行いました。
申入書の全文は次のとおりです。
貴庁における証拠開示について、謄写事業者が証拠書類のPDFを作成し、メディアに格納して弁護人に交付する運用を開始することを求める。
本申入は、刑事事件における、証拠書類の証拠開示(刑訴法299条1項後段、316の15、316条の20及びいわゆる「任意開示」)に関するものである。
現状において、弁護人が証拠書類を謄写するには、a.謄写事業者に紙のコピーの作成を依頼する、b.検察庁に設置されたコピー機で自ら謄写をおこなう、c.持参したデジタルカメラを利用して証拠書類を撮影する、という方法しかない。大阪地方検察庁においては、検察庁と謄写事業者との間の業務協定書が存在し、当該協定は PDF ファイルの作成を謄写事業者の業務の範囲に含ませておらず、東京地方検察庁においても同種の協定が存在する可能性がある。
要するに弁護人は、書類を一枚一枚デジタルカメラで撮影するという、極端に時間のかかる方法でしか、証拠書類を電子データ化して謄写できない。これを改め、謄写事業者が複合機などで証拠書類をPDFファイルにし、これを弁護人に交付して謄写する運用を導入されたい。
利用するメディアとしては、CD-R、 DVD-R、ポータブルハードディスク、USB メモリなどの媒体を想定する。新品のメディアを弁護人が提出する方法が考えられる。 メディアは、書留郵便など安全な方法で弁護人に交付し、弁護人はその電子データを十分なアクセス制御のなされた安全なストレージに保存して管理する。
(1) 紙媒体に限定された謄写作業の問題点
現在の運用においては、a.弁護側が証拠を入手するために、ときに何百万円もの費用を要するなど、経済的負担が極めて大きい、b.証拠の入手をそもそもあきらめるケースがある、c.証拠の入手が遅れることで防御の準備が遅れる、d.紙媒体での証拠の検討作業の能率が悪い、といった重大な問題が生じており、裁判を受ける権利や防御権を損なっている。証拠書類の謄写を PDF で行うことによりこの問題は解決または軽減する。
(2) 証拠開示のデジタル化の必要性についての社会の共通認識
当会は、デジタル化されていない証拠開示手続の問題点及び証拠開示のデジタル化の必要性を整理し、『証拠開示のデジタル化を求める要望書』を政府に提出した(2021年3月12日付)。同要望書には13000筆以上の専門家および市民の署名が寄せられた。同要望書の提出は、主要メディアで複数回取り上げられており、証拠開示のデジタル化の必要性は社会的に認識されるに至った。
(3) 証拠開示のデジタル化に関する政府の立場等
2021年3月12日、参議院予算委員会において、法務省刑事局長及び法務副大臣は、現行法下においても、証拠開示のデジタル化を検討する趣旨の発言をしている。すなわち、三宅伸吾議員が複合機のスキャン機能による謄写の可否等について質問したのに対して、謄写の趣旨を全うすることになるのであればスキャン機能による謄写をさせることも謄写の機会を与えたこととなる(刑事局長)、「刑事手続のIT化を積極的に進めていくと言う視点に立って、現行法の運用に際しても、委員御指摘の点を含めて、法務省としてどのような取組ができるか、どのような利便性向上策が図れるか、検討してまいりたい」(法務副大臣、下線は引用者による)、と答弁している。
また、自由民主党行政改革推進本部 規制改革等に関するプロジェクトチーム行政改革推進本部 規制改革等に関するPTは、「デジタル化社会からデータ利用型社会へ (中間報告)」(2021年5月11日付)において、「事案に応じて紙から電磁的記録媒体への謄写が可能となるよう、速やかに謄写環境を整備し、刑事弁護の事務合理化を進めることで、刑事司法への国民の信頼を高めるべきである。」と指摘した。
(4) 刑事手続IT化に関する動き
2021年3月23日、法務省に『刑事手続における情報通信技術の活用に関する検討会』が設置された。同検討会で、証拠開示のデジタル化についても意見交換されており、その必要性が指摘されると共に、総論として証拠開示を電子データで実施することに反対する意見は無かった。
検事総長はNHKの取材に対して、「社会全体が急激にデジタル化する中、司法の分野だけが旧態依然として、分厚い書類を持ち込んで仕事をしていることは考えられないことだ。」「できるかぎりの検討・整備を進めたい」としている(2021年5月31日報道、下線は引用者による)。
(5) 速やかに証拠書類のPDF化を開始する必要性
前記(1)の問題は現在進行形で続いている。その弊害は大きく、解決に向けて速やかに動きを取ることが必要である。新型コロナウイルス感染症への対処という観点でも、弁護士が電子データで執務できる態勢を作る必要性は大きい。
この申入書では、足元から可能な取り組みを提言することとした。すなわち、大規模庁において、既に設備と技術を有している謄写事業者を活用することで、速やかに証拠書類のPDF謄写を始めることができる。これは(1)の問題を完全には解決しないが、少なくとも問題を軽減するし、解決に向けた重要な第一歩を踏み出すこととなる。このような漸進的アプローチは、前記(3)の法務省の考え方とも矛盾しないであろう。
(6) 方法の妥当性
前記の通り、この提言は足元から可能な取り組みであり、その実現に困難はない。現時点で、オンラインで証拠開示をおこなうためのWeb システムは存在しないことを踏まえ、物理メディアを安全に交付するという方法を提案している。現実の作業としても、紙コピーを作成して綴り紐で束ねるよりも、単にスキャンしてデータを交付するほうが作業量は少なく、証拠の交付に要する期間も短縮される。本申入れの内容は、現時点で可能な取り組みとして十分なバランスを保っていると考える。
デジタル化されていない証拠開示の弊害は大きく、今なお続いている。証拠書類のPDFファイルを謄写事業者が作成する枠組みは、現時点においてもすぐに実現することができる。できるところから取り組みを始めることに重要な意義がある。前記自民党PTも指摘するように、こうした取り組みが刑事司法への国民の信頼を高めるものともなるはずである。
貴庁におかれては本申入れの趣旨を踏まえ、速やかに謄写事業者によるPDF謄写の実施を開始されたい。
以上
申入書の全文は次のとおりです。
申入れ事項
貴庁における証拠開示について、謄写事業者が証拠書類のPDFを作成し、メディアに格納して弁護人に交付する運用を開始することを求める。
申入れ事項の要領
本申入は、刑事事件における、証拠書類の証拠開示(刑訴法299条1項後段、316の15、316条の20及びいわゆる「任意開示」)に関するものである。
現状において、弁護人が証拠書類を謄写するには、a.謄写事業者に紙のコピーの作成を依頼する、b.検察庁に設置されたコピー機で自ら謄写をおこなう、c.持参したデジタルカメラを利用して証拠書類を撮影する、という方法しかない。大阪地方検察庁においては、検察庁と謄写事業者との間の業務協定書が存在し、当該協定は PDF ファイルの作成を謄写事業者の業務の範囲に含ませておらず、東京地方検察庁においても同種の協定が存在する可能性がある。
要するに弁護人は、書類を一枚一枚デジタルカメラで撮影するという、極端に時間のかかる方法でしか、証拠書類を電子データ化して謄写できない。これを改め、謄写事業者が複合機などで証拠書類をPDFファイルにし、これを弁護人に交付して謄写する運用を導入されたい。
利用するメディアとしては、CD-R、 DVD-R、ポータブルハードディスク、USB メモリなどの媒体を想定する。新品のメディアを弁護人が提出する方法が考えられる。 メディアは、書留郵便など安全な方法で弁護人に交付し、弁護人はその電子データを十分なアクセス制御のなされた安全なストレージに保存して管理する。
申入れの必要性及び妥当性
(1) 紙媒体に限定された謄写作業の問題点
現在の運用においては、a.弁護側が証拠を入手するために、ときに何百万円もの費用を要するなど、経済的負担が極めて大きい、b.証拠の入手をそもそもあきらめるケースがある、c.証拠の入手が遅れることで防御の準備が遅れる、d.紙媒体での証拠の検討作業の能率が悪い、といった重大な問題が生じており、裁判を受ける権利や防御権を損なっている。証拠書類の謄写を PDF で行うことによりこの問題は解決または軽減する。
(2) 証拠開示のデジタル化の必要性についての社会の共通認識
当会は、デジタル化されていない証拠開示手続の問題点及び証拠開示のデジタル化の必要性を整理し、『証拠開示のデジタル化を求める要望書』を政府に提出した(2021年3月12日付)。同要望書には13000筆以上の専門家および市民の署名が寄せられた。同要望書の提出は、主要メディアで複数回取り上げられており、証拠開示のデジタル化の必要性は社会的に認識されるに至った。
(3) 証拠開示のデジタル化に関する政府の立場等
2021年3月12日、参議院予算委員会において、法務省刑事局長及び法務副大臣は、現行法下においても、証拠開示のデジタル化を検討する趣旨の発言をしている。すなわち、三宅伸吾議員が複合機のスキャン機能による謄写の可否等について質問したのに対して、謄写の趣旨を全うすることになるのであればスキャン機能による謄写をさせることも謄写の機会を与えたこととなる(刑事局長)、「刑事手続のIT化を積極的に進めていくと言う視点に立って、現行法の運用に際しても、委員御指摘の点を含めて、法務省としてどのような取組ができるか、どのような利便性向上策が図れるか、検討してまいりたい」(法務副大臣、下線は引用者による)、と答弁している。
また、自由民主党行政改革推進本部 規制改革等に関するプロジェクトチーム行政改革推進本部 規制改革等に関するPTは、「デジタル化社会からデータ利用型社会へ (中間報告)」(2021年5月11日付)において、「事案に応じて紙から電磁的記録媒体への謄写が可能となるよう、速やかに謄写環境を整備し、刑事弁護の事務合理化を進めることで、刑事司法への国民の信頼を高めるべきである。」と指摘した。
(4) 刑事手続IT化に関する動き
2021年3月23日、法務省に『刑事手続における情報通信技術の活用に関する検討会』が設置された。同検討会で、証拠開示のデジタル化についても意見交換されており、その必要性が指摘されると共に、総論として証拠開示を電子データで実施することに反対する意見は無かった。
検事総長はNHKの取材に対して、「社会全体が急激にデジタル化する中、司法の分野だけが旧態依然として、分厚い書類を持ち込んで仕事をしていることは考えられないことだ。」「できるかぎりの検討・整備を進めたい」としている(2021年5月31日報道、下線は引用者による)。
(5) 速やかに証拠書類のPDF化を開始する必要性
前記(1)の問題は現在進行形で続いている。その弊害は大きく、解決に向けて速やかに動きを取ることが必要である。新型コロナウイルス感染症への対処という観点でも、弁護士が電子データで執務できる態勢を作る必要性は大きい。
この申入書では、足元から可能な取り組みを提言することとした。すなわち、大規模庁において、既に設備と技術を有している謄写事業者を活用することで、速やかに証拠書類のPDF謄写を始めることができる。これは(1)の問題を完全には解決しないが、少なくとも問題を軽減するし、解決に向けた重要な第一歩を踏み出すこととなる。このような漸進的アプローチは、前記(3)の法務省の考え方とも矛盾しないであろう。
(6) 方法の妥当性
前記の通り、この提言は足元から可能な取り組みであり、その実現に困難はない。現時点で、オンラインで証拠開示をおこなうためのWeb システムは存在しないことを踏まえ、物理メディアを安全に交付するという方法を提案している。現実の作業としても、紙コピーを作成して綴り紐で束ねるよりも、単にスキャンしてデータを交付するほうが作業量は少なく、証拠の交付に要する期間も短縮される。本申入れの内容は、現時点で可能な取り組みとして十分なバランスを保っていると考える。
結語
デジタル化されていない証拠開示の弊害は大きく、今なお続いている。証拠書類のPDFファイルを謄写事業者が作成する枠組みは、現時点においてもすぐに実現することができる。できるところから取り組みを始めることに重要な意義がある。前記自民党PTも指摘するように、こうした取り組みが刑事司法への国民の信頼を高めるものともなるはずである。
貴庁におかれては本申入れの趣旨を踏まえ、速やかに謄写事業者によるPDF謄写の実施を開始されたい。
以上
コメント一覧
1. Posted by 無知は罪なり 2021年06月13日 09:14
検察庁がその気になれば簡単にできることだ。法的にも技術的にも問題はない。
これを認めると被告人に有利になるからやらないだけだ。謄写をより煩雑にした方が謄写する人、する部分が減っていいのだ。
検討も面倒になる。
検察的には防御権への防御。
ということでしょ?
無知は罪なり
https://twitter.com/UV312GwqDkt0
これを認めると被告人に有利になるからやらないだけだ。謄写をより煩雑にした方が謄写する人、する部分が減っていいのだ。
検討も面倒になる。
検察的には防御権への防御。
ということでしょ?
無知は罪なり
https://twitter.com/UV312GwqDkt0
2. Posted by Dr.PS13kaired 2021年06月13日 19:20
司法は、三権分立のひとつで独立していると側聞しています。検察は司法に含まれていないのでしょうか?
日本では、行政(≒権力の実践集団)の出先機関なんですかね。
ルールを逸脱した人をルールに則って罰を与える時に弁護するのは「言い訳」として無視し、実践集団に尻尾を振っているように見えます。
権力の普遍性を保証するためにも、弁護と対等の状況で対峙すべきと思うのですが。
日本では、行政(≒権力の実践集団)の出先機関なんですかね。
ルールを逸脱した人をルールに則って罰を与える時に弁護するのは「言い訳」として無視し、実践集団に尻尾を振っているように見えます。
権力の普遍性を保証するためにも、弁護と対等の状況で対峙すべきと思うのですが。