2020年07月31日

被告高野隆の陳述

 永沢真平氏が私に対して提起した著作者人格権等侵害行為差止等請求事件の第1回口頭弁論期日(2020年7月22日)において、私は被告本人として要旨以下のような口頭陳述を行いました。

裁判長並びに陪席裁判官、

 この裁判の開始にあたり、被告である私に口頭陳述の機会を与えていただき、感謝いたします。

 私は約40年間刑事弁護士として活動してきました。刑事弁護というのは犯罪者として訴追を受けた個人の依頼を受けて、その生命・自由・財産を擁護する活動をするのを生業とする職業です。刑事弁護士は、個人の権利を守るために政府と対立するのです。個人のために政府と対立するわれわれのような存在があることは、自由で民主的な国家の統治にとっても最も必要かつ基本的なしくみです。ですから、憲法はわが国に存在する全ての個人に、資格のある刑事弁護人による効果的な弁護を受ける権利を保障しています。この権利は文明国にとっての最低基準ということができます。

 ことがらの性質上、われわれ刑事弁護士は、警察官や検察官、そしてときには裁判官とも対立しなければならないことがあります。そして、われわれに対して政府や世論が攻撃的に振る舞うということがときにあります。刑事弁護の歴史をひもとくと、政府や社会が刑事弁護人を犯罪者と同一視して「共犯者」の一人であるかのように批判をするというようなことが繰り返されて来ました。

 歴史上最も悲惨な例は、フランス革命のときにルイ16世の弁護人となったマルゼルブ卿の場合です。彼はもともと司法官で、ルイ15世、16世の時代に国務大臣などの要職を歴任した人です。根っからの自由主義者でルソーやデイドロ、ヴォルテールら啓蒙思想家と親交があり、彼らの著作の出版に尽力した人です。彼は自由を擁護する姿勢を生涯貫きました。ルイ15世の時にもまた16世の時にも国務大臣に任命されはしましたが、何度も王権と対立して辞職しています。

 マルゼルブは、ルイ16世が逮捕されて革命政府の下でその裁判が行われようとするとき、誰も弁護する人がいない国王の要請に応じて、彼の弁護人となりました。国王は有罪を宣告されてギロチンで処刑されました。そして、その後ジャコバン政権の下でルイ16世の王妃マリ・アントワネットも処刑されましたが、それと共にマルゼルブも処刑されてしまいました。裁判すら受けずに、マルゼルブ本人だけではなくて彼の娘、娘婿、そして孫も処刑されています。

 これほど極端ではありませんが、私もこれまでの刑事弁護の仕事の過程で政府や世間から攻撃されたことが何度かあります。1995年春に地下鉄サリン事件が起こったとき、私は、この国に黙秘権を根付かせるための弁護活動を推進する弁護士の団体「ミランダの会」という団体の代表をしていました。ミランダの会のメンバーがオウム真理教の幹部の弁護人となり、取調べに対して弁護人の立ち会いを求め、それが容れられないために取調べを拒否することを助言しました。そのことが報道されると、私の事務所の電話がひっきりなしに鳴るようになりました。私に対して身体的攻撃を加える旨の脅迫状や私を誹謗中傷する手紙がたくさん来ました。全国紙の社説が私どもの弁護活動を国民の安全をないがしろにするものだと言って批判しました。検察庁の幹部はわれわれの弁護活動を「捜査妨害であり、違法である」と記者会見で発表しました。

 2001年には本庄保険金殺人事件という事件の裁判の過程で私が検察官側の証拠物の同一性立証が不十分であることを示すために検察官が証拠請求した証拠物と極めて似た物を作ってそれを利用して反対尋問を行ったところ、検察官が証拠の捏造だと言って私に対して懲戒請求をしてきました。

 こうした攻撃によって私が怪我をしたり命を失うなどということはありませんでした。しかし、世の中がふっ騰している時には、刑事弁護士は攻撃される可能性があるということを私は身をもって体験しました。これは決してわが国だけの現象でありません。政府や世論は、ときに刑事弁護士に対して「なんであんな奴らの弁護をするんだ」と言って攻撃をするのです。個人の生命自由財産を擁護する、そのために個人に代わって政府と戦うという仕事に対する世の中の理解は決して十分ではありません。

 永沢真平氏の私に対する懲戒請求も、こうした刑事弁護士に対する攻撃の一環であると私は理解しています。私の依頼人であったカルロス・ゴーン氏は昨年末に、保釈条件に違反してこの国を密出国してレバノンに逃亡してしまいました。彼の行為が犯罪であり刑事司法の適正な運営を危うくするものであることは確かです。しかし、彼を極悪人のように言い募り、日本国民全体の敵であると言うのは、違うと私は考えます。昨年の春から年末まで私は彼と身近に接していました。彼が保釈条件を一生懸命守ろうとしていたことは間違いありません。しかし裁判所は彼が奥さんと会うことをなかなか認めようとしませんでした。公判前整理手続が検察官側の要求によって次々と空転し、いつになったら裁判が始まるかわからない、いつまで日本に幽閉され続けるのか分からないという状況でした。自分は公正な裁判を受けられるのだろうか。彼は何度も私に尋ねました。こうした事情を知っている私として、その事情を世間に公表することは、この国の刑事司法を正当に評価するために、また私の依頼人であるカルロス・ゴーン氏に対する評価を正当なものにするためには必要なことだと私は考えました。そこでその経緯をブログに書きました。

 永沢真平さんは私に対して懲戒請求をしてきました。私の発言は、犯罪を容認するものであり、弁護士としての品位を辱める行為だと言いました。それだけではなく、懲戒請求書をマスメディアに提示して彼の言い分に沿った報道をさせました。私は永沢氏の懲戒請求はこの国の刑事弁護全体に対する不当な攻撃であると考えます。私自身がこれに対してきちんとした反論、防御をすることは、私自身の職業生活のためにも必要なことでしょうが、それだけではなく刑事弁護全体のために、日本の刑事司法の健全な発展のためにも必要なことだと私は考えます。

 刑事弁護士を犯罪者と同視するような世間の攻撃は、これまでの歴史において繰り返されたことです。これ対して弁護士は正当な反論をすべきです。自己防衛をするべきです。そうした攻撃に対して手をこまねいて何の反論も反撃もしない、何の防御もしないということは宜しくありません。それは結局のところ刑事弁護を萎縮させることにつながります。この国の刑事司法に対する信頼性を損なうことになります。すべての個人が最善の弁護活動を受ける権利を保障されなければならない;そのための職業倫理のあり方についてわれわれは市民に語り続ける必要があります。刑事弁護に対する正しい理解というものがなければ司法の権威は地に落ちてしまいます。

 ですから私は、私に対する不当な攻撃に対して正当な反論をしようと考えました。そのために最も正しい方法として、永沢真平氏の懲戒請求書の全文を明らかにした上でその主張に対する私の反論の全文を世間に公表しました。このことは正しい行いだと私は思います。この国の刑事司法を守るために必要な行動だったと考えます。

 本件の文脈において、私と永沢氏とは対等の関係にあります。私も彼も法は平等に扱わなければなりません。彼が市民であるのと同時に私も市民です。私は権力者ではありません。私の権利と彼の権利との間に差異があっていいはずはありません。永沢氏が私の実名を公表してメディアに晒した上で私を懲戒請求することができるのと同じように、私の反論においても私は彼の実名を掲げる権利があります。それはまさに表現の自由であり私の職業上の信用と権利を守るために必要なことです。

 私の両親は共働きでした。夏休みになると私はまるまる1ヶ月間母の実家に預けられました。夏休みはとても楽しい日々でした。私はよく祖父の自転車に乗せられて彼が耕していたスイカ畑とかとうもろこし畑に連れて行かれました。祖父からはいろいろな遊びを教えてもらいましたが、何度か叱られたことがあります。今でも印象に残ってるのは私がいじめられて近所の友達やその家族の悪口などを言った時に祖父から言われた言葉です。

「隆よ、影に廻って人の悪口を言うもんではない。悪口を言うならば堂々と本人の前で言うんだ」。

 この祖父の教えはとても重要なことだと私は思います。この教えを守らなければ人間の社会は成り立たないと考えています。影に回って人の悪口を言ってはいけないというのは人間として最低限のモラルであると同時に、すべての社会人が自分の言動に責任を持つための基盤だと思います。自分だけ匿名の仮面を被ったまま他人の悪口を言い募るというようなことを許す社会は間違っていると思います。

 マルゼルブ卿は『出版自由論』という本を書いています。その中で彼はこう言いました−−「諸見解の公的討論は真理を開く確実な道であり、おそらくその唯一の道である。かくして、政府は、なんらの留保もなしにすべての人に討論を許すこと、すなわち『出版の自由』と呼ばれているものを樹立すること以外にとるべき方策はない」 *。民衆がバスティーユ牢獄を襲撃する1年前のことです。

ありがとうございました。

[注]
*木崎喜代治『マルゼルブ――フランス18世紀の一貴族の肖像』(岩波書店1986)より。

plltakano at 11:29コメント(2)刑事弁護全般   このエントリーをはてなブックマークに追加

コメント一覧

1. Posted by 愛   2020年07月31日 20:22

他人の権利を守ることは、自分の権利を守ること
自分の権利を守ることは、他人の権利を守ること

他人の権利を守る人を攻撃することは、
自分の権利を攻撃することに繋がる。

他人への攻撃は、いつか自分に帰って来る。

個々人の意思・行為は、全体へ影響し、
全体の意思・行動は、個々人の意思・行為に影響する。

皆が、個々人が、
他人を尊重し、思いやることが大切。


2. Posted by 笑   2020年09月12日 09:36
高野さんは優しすぎる。
俺なら名誉毀損で反訴するし、永沢の住所氏名年齢身分等々の情報を警察に流す。

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高野隆

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