2019年10月04日
証拠保全請求却下命令に対する準抗告申立て
日産が東京地検特捜部に提出したコンピュータやハードディスクなどの電子媒体について、同地検が日産の要望に基づいて、弁護人に対する開示を拒否したうえデータの一部を削除したり日産側に還付している問題について、われわれカルロス・ゴーン氏の弁護人は東京地裁に証拠保全の請求をしました。同地裁の島田一裁判官は「保全の必要性はない」としてわれわれの請求を却下する命令を発しました。本日、われわれはこの命令を取消し改めて証拠保全をするように東京地裁に対して準抗告を申し立てました。その全文は以下のとおりです。
東京地方裁判所裁判官島田一が令和元年9月18日付でなした証拠保全請求却下命令に対し、次の理由により準抗告を申し立てる。原裁判を取り消したうえ、別表1及び2記載の電磁的記録媒体を押収するとの決定を求める。
1 事実の経過
この事件は、日産自動車の元代表取締役兼最高経営責任者(CEO)であったカルロス・ゴーン氏が、同社代表取締役グレゴリー・ケリー、秘書室長大沼敏明らと共謀の上、自らの報酬額を過少に記載した有価証券報告書を提出したとして、金融商品取引法違反に問われている事案である。
本件の捜査の過程で、東京地方検察庁特別捜査部は、日産専務執行役員であるハリ・ナダ及び秘書室長大沼敏明と司法取引(刑訴法350条の2の合意)をしたうえ、彼らを含む日産従業者らから多数の電磁的記録媒体の提供を受け、また、差し押さえた。そして、それらを解析してその結果にもとづいて関係者等の取調べが行われ、その印刷物が供述調書や捜査報告書に添付されるなどして、証拠として取調べ請求されている。
弁護人は、2019年4月10日付け「証拠開示請求書⑴」及び同年6月19日付け「証拠開示請求書⑴補充書」において、類型証拠の開示請求をした。これに対し、検察官は、同年7月19日付け回答書において、別表1記載の電磁的記録媒体を含む証拠物合計599点につき、日産の「営業秘密に関するもの」や「プライバシーに関するもの」等を開示の対象から除外した上で、「弁護人による閲覧に限る」という条件の下に開示する旨回答した。
7月23日の第2回公判前整理手続期日において、共同被告人日産の弁護人は、証拠開示が進行中の押収品には「本件とは関係しない被告人日産の企業秘密や、個人情報に関するものが多く含まれている」などとして、検察官に「配慮」を求めた。この発言を受けて、検察官は「日産の企業秘密や、同社の役員及び従業員のプライバシーの観点から、開示の検討に時間を要する」と表明した。
この被告人と検察官の発言に対して弁護人らは「(本件と)関係がないのであればそもそも押収はされていないはずであり、今まで留置が続けられていることもないはずである。そのような理由で証拠開示の回答が遅れるということは、被告人の迅速な裁判を受ける権利を侵害するものとして、あってはならない」「現時点で閲覧した証拠を見ても、企業秘密やプライバシーに関するものがあるとは考えられない」等と指摘した。
裁判長は「企業秘密に関しては、企業秘密として一括りにしてしまうと、全てがこれに該当してしまうことになりかねない。業務に関連するものについては、8月末までに幅広く開示をしていただきたい」との検察官に勧告した(第2回公判前整理手続調書)。
検察官は、8月30日付け回答書により、合計16点の電磁的記録媒体(同別表1記載の証拠に記載されたもの5点及び同別表2記載のもの11点)を開示する旨回答した。そこでも、日産の「営業秘密に関するもの」や「プライバシーに関するもの」等を開示の対象から除外した上で、「弁護人による閲覧に限る」という条件を付した。
9月5日の第3回公判前整理手続期日において、弁護人は、本件電磁的記録媒体について「弁護人による閲覧に限る」ことは、手続の重大な遅延を招くものである;時間を無駄にしないためにいったん閲覧を申請するものの、謄写が必要となる見込みである旨を表明した。裁判長からも、検察官に対し、幅広い開示に応じるよう再度勧告がなされた(第3回公判前整理手続調書)。
翌9月6日、弁護人は東京地方検察庁特別公判部に対し、本件証拠物につき閲覧申請をし、同月10日に閲覧することになった。ところが、弁護人は東京地方検察庁特別公判部事務官から、次のような連絡を受けた。
9月11日、弁護人は、東京地検が電磁的記録媒体の削除や還付をしてしまう現実的危険性があると判断して、本件証拠保全命令の申立てをした。
島田裁判官は、同月13日、東京地検の隄良行検事と会った。隄検事は島田裁判官に次のように述べた。
9月18日、島田裁判官は次のように述べて、弁護人の証拠保全請求を却下した。
この却下命令の前日、弁護人は検察官に対して、日産が検察庁に要望したという「約6,000点に上る」不開示を求める証拠の「一覧表」を交付するように求めた(9月17日付け申入書)。この求めを検察庁は今日まで黙殺している。依然として日産が不開示を求めた情報が何なのか、弁護人には不明である。
検察官が不開示部分について「書面で回答する方向で検討している」と述べたということなので、9月27日に行われた第4回公判前整理手続期日において、弁護人は、改めてその特定を求めた。これに対して検察官は回答を拒否して、9月26日付け回答書に記載したとおりであるなどと述べた。その回答書における検察官の回答は、各証拠の「その一部を不開示(重要性を欠くとともに、弊害が大きく相当性がない。)とした」というだけであり、証拠どの部分を開示しないのかついて、何一つ答えていない(9月26日付け回答書)。
同期日において検察官は日産から削除の要望があった事実を確認することすら拒否した。
本日現在、検察官が本件電磁的記録媒体のうち何を日産に還付したのか、どの部分を削除したのか、弁護人に開示しないのはどの媒体のどの部分なのか、一切不明である。
2 「証拠を使用することが困難な事情」があることは明白である
東京地方検察庁は、これまで、日産と一体となり、強い協力関係の下で捜査及び訴追を進めてきた。本件は、日産が東京地検に持ち込んだ事件である。日産の従業員のうち少なくとも2名――大沼敏明とヘマント クマール ナダナサバパシー(ハリ・ナダ)――は、検察官との間で、不起訴処分と引き換えに、自らが保管する一切の資料の提出や供述調書の作成、法廷での証言をはじめとする協力行為をすることを合意したことが明らかとなっている。加えて、日産の代表取締役であった西川廣人は、検察官の主張を前提とすれば、問題となっている過少記載された有価証券報告書の提出者であり、刑事責任を負うべき立場にあることが明白である。にもかかわらず、検察官は、西川氏について不起訴処分としている。弁護人は、検察官が西川氏との間で刑訴法350条の2の合意をした事実の有無を明らかにするよう釈明を求めた(2019年6月11日付け求釈明申立書)。これに対して検察官は、合意をした事実はないとも表明せず、「釈明の必要はない」として、回答自体を拒んでいる(第1回公判前整理手続調書)。
検察庁が日産と一体となり、捜査、訴追を進めていることは疑問の余地がない。今回、検察官が、一法人にすぎない日産の申入れに基づき、事前に弁護人に知らせることもなく、弁護人に開示する電磁的記録媒体から大量のデータを削除しようとしていること、日産から申し入れたあったことの確認すら拒絶しているのも、その表れである。
紙媒体の墨塗り(マスキング)と異なり、弁護人に開示される電磁的記録媒体からデータが削除された場合、開示を受けた弁護人は、どのようなデータが削除されたか、全く知ることができない。防御上重要なデータが削除されたとしても、そのようなデータが削除されたこと自体が隠蔽されてしまうのである。その害悪はきわめて深刻である。検察官は島田裁判官に対して「書面で回答する方向」だと説明しながら、検察官の「書面」はどの部分を開示しないのか一切不明な内容である。
検察官が還付したという「明らかに無関係と判断したもの」とはどのようなものなのか、検察官はどのような基準でどのような理由でその証拠を「明らかに無関係」と判断して還付したのかも全く不明である。同様に、検察官がどのような場合に「判断に迷う」ものであり複写物を残しているのかも明らかではない。
検察官のこうした不誠実な対応からすれば、このままでは本件と関連がある電磁的録媒体が失われ、しかも失われたことすら気付かれないという事態が起こりうることは目に見えている。
したがって、本件電磁的記録媒体について、あらかじめ証拠を保全しておかなければ、その証拠を使用することが困難な事情(刑訴法179条1項)があることは明らかである。
最高裁判所第2小法廷平成17年11月25日決定は、「捜査機関が収集し保管している証拠については、特段の事情が存しない限り、刑訴法179条の証拠保全手続の対象にならないものと解するべきである」とした(最2小決平17・11・25刑集59-9-1831)。これは、夫に無理やり覚せい剤を注射されたと言って警察に出頭した被疑者の両手首や両肘内側を警察が撮影した写真とそのネガフィルムの証拠保全が問題になった事案である。被疑者側はもちろんそうした写真撮影がなされたことや写真の存在を知っている。原決定は次のように述べて証拠保全の必要性を否定した――「被疑者側は、本件に係る公訴提起がなされた後に、検察官からそれらの証拠開示を受けたり、検察官の手持ち証拠として証拠請求するなどして、公判廷に証拠として提出すれば足りるのであって、通常は、証拠保全手続によって証拠を保全する必要性はないというべきである」(刑集59-9、1841頁)[1] 。本件においては、検察官は弁護人に証拠開示することを拒んでいるだけではなく、そもそもどの部分を開示しないのかも明らかにしない。弁護側が証拠開示や証拠請求手続を通じてその内容を公判廷に提出することは不可能なのである。本件は最高裁が言う「特段の事情」が存する場合なのである [2]。
3 原裁判は公正な審理を受ける権利を否定する
結局原裁判は、検察官が削除したり還付したりして消失の危険があるのは、検察官が「明らかに無関係」と判断したものであり、それがどの部分かわからないとしても、検察官がそのように述べているのだから、検察官に任せておけば良い、と言っているだけである。検察官の発言を担保するものが何一つないにもかかわらず、われわれに「検察を信じよ」と言っているだけである。このような態度はおよそ公正中立な裁判官の姿勢ではない。検察官の言動を信じよというのであれば、検察官の主張は常に正しいというのと同じである。これは刑事裁判の否定にほかならない。検察官の主張するところが、証拠と論理と法に照らして正しいのかどうかを公正中立な立場から判断し、その判断の正当性を公的に明らかにすることが裁判官に託された使命である。原裁判はこの司法の中核的な職責を放棄したものという他ない。原裁判はゴーン氏の公平な裁判所による公正な公開審理を受ける権利(市民的及び政治的権利に関する国際規約14条1項、憲法37条1項)を奪うものである。
「公正な審理」(fair trial)の保障を実現するもっとも重要な基準は「武器対等の原理」(the principle of equality of arms)である。裁判所は刑事訴訟の当事者である検察官と被告人とを対等に扱い、訴訟当事者として対等の機会を保障しなければならないのである[3]。原裁判は、検察官が日産から押収し確保した膨大な電子データを自由に閲覧し利用し複製を作成し削除する権限を与える一方で、被告人やその弁護人に対しては、謄写する権限どころか、閲覧の機会すら与えないのである。検察官がもうひとりの被告人である日産の要望に基づいてデータの一部を削除した残りを閲覧する機会しかゴーン氏とその弁護人には与えられない。しかも、どの部分を削除したのかを知る機会すら与えないのである。このような原裁判の判断が武器対等原則に反することは明らかである。
そして、このような権利の制限に合理的な理由はどこにもない。検察官は日産が「企業秘密と従業員のプライバシー」に関する情報であるとして削除をもとめる6000点の情報を削除するというのであるが、これらの情報は裁判官の令状審査によって事件と関連性を有すると判断されたもの、あるいは、日産やその従業員が自発的に検察庁に提供した情報なのである。公的な検証の対象とすることについて司法的な判断がすでになされているのである。この段階で日産やその従業員に企業機密やプライバシーに基づく情報のコントロールを認めるのは背理である。
検察官が証拠開示に関する法にしたがって被告人や弁護人に開示した証拠を被告人や弁護人が公判審理等の準備以外の目的で第三者に交付することは禁止されており(刑訴法281条の4)、これに違反した場合は懲役刑を含む刑事罰が課されるのである(281条の5)。入手した証拠を公開の法廷で取り調べることを当事者が請求したとしても、それが事件に関連しないものであれば、証拠として採用されることはなく、公開されないのである。したがって、仮に本件電磁的記録の中に日産の企業秘密やその従業員のプライバシーとして法的保護に値する情報が含まれているしても、弁護人にその閲覧謄写の機会を与えることによって権利侵害が発生することにはならないのである。それよりも、検察官が強制的に確保した証拠物を被告人が検討する機会を根こそぎ奪い、審理の公正さに対する深刻な疑念をもたらすことの弊害の方が遥かに大きいであろう。
4 結論
被告人には強制捜査の権限はない。証拠や情報を自ら探求する資源もない。証拠開示という制度は、被告人に有利なものも不利なものも含めて捜査機関が強制的な手段を用いて証拠収集する職権を与える見返りに、その成果である証拠を被告人に利用する機会を与えようというものである。そうすることで刑事裁判における実質的な当事者対等すなわち武器対等を図り、公正な裁判を実現しようというのである。捜査機関に対して証拠収集のために強制的な権限を与える一方で被告人にはそれへのアクセスを認めず、しかも、収集した証拠を検察官が一方的に削除したり、関係者に返還したりする自由まで与えるのであれば、それは捜査機関に証拠隠滅の権利を認めたに等しい。
[注]
1 大野勝利「捜査機関が収集し保管している証拠を証拠保全手続の対象とすることの可否」法曹会編『最高裁判所判例解説刑事篇(平成17年度)』(法曹会2008)、629、633頁もこの点を指摘している。
2 大野裁判官は、「特段の事情」の例として「例えば、捜査機関が手持ちの重要証拠を不要として破棄する意向を示している場合、あるいはこのような証拠を提出者に還付する予定であるが、提出者の下で破棄隠匿される危険性が高い場合」を上げている。大野・前注、634頁。
3 Nowak, ICCPR Commentary, 2nd ed., p321.
東京地方裁判所裁判官島田一が令和元年9月18日付でなした証拠保全請求却下命令に対し、次の理由により準抗告を申し立てる。原裁判を取り消したうえ、別表1及び2記載の電磁的記録媒体を押収するとの決定を求める。
抗告の理由
1 事実の経過
この事件は、日産自動車の元代表取締役兼最高経営責任者(CEO)であったカルロス・ゴーン氏が、同社代表取締役グレゴリー・ケリー、秘書室長大沼敏明らと共謀の上、自らの報酬額を過少に記載した有価証券報告書を提出したとして、金融商品取引法違反に問われている事案である。
本件の捜査の過程で、東京地方検察庁特別捜査部は、日産専務執行役員であるハリ・ナダ及び秘書室長大沼敏明と司法取引(刑訴法350条の2の合意)をしたうえ、彼らを含む日産従業者らから多数の電磁的記録媒体の提供を受け、また、差し押さえた。そして、それらを解析してその結果にもとづいて関係者等の取調べが行われ、その印刷物が供述調書や捜査報告書に添付されるなどして、証拠として取調べ請求されている。
弁護人は、2019年4月10日付け「証拠開示請求書⑴」及び同年6月19日付け「証拠開示請求書⑴補充書」において、類型証拠の開示請求をした。これに対し、検察官は、同年7月19日付け回答書において、別表1記載の電磁的記録媒体を含む証拠物合計599点につき、日産の「営業秘密に関するもの」や「プライバシーに関するもの」等を開示の対象から除外した上で、「弁護人による閲覧に限る」という条件の下に開示する旨回答した。
7月23日の第2回公判前整理手続期日において、共同被告人日産の弁護人は、証拠開示が進行中の押収品には「本件とは関係しない被告人日産の企業秘密や、個人情報に関するものが多く含まれている」などとして、検察官に「配慮」を求めた。この発言を受けて、検察官は「日産の企業秘密や、同社の役員及び従業員のプライバシーの観点から、開示の検討に時間を要する」と表明した。
この被告人と検察官の発言に対して弁護人らは「(本件と)関係がないのであればそもそも押収はされていないはずであり、今まで留置が続けられていることもないはずである。そのような理由で証拠開示の回答が遅れるということは、被告人の迅速な裁判を受ける権利を侵害するものとして、あってはならない」「現時点で閲覧した証拠を見ても、企業秘密やプライバシーに関するものがあるとは考えられない」等と指摘した。
裁判長は「企業秘密に関しては、企業秘密として一括りにしてしまうと、全てがこれに該当してしまうことになりかねない。業務に関連するものについては、8月末までに幅広く開示をしていただきたい」との検察官に勧告した(第2回公判前整理手続調書)。
検察官は、8月30日付け回答書により、合計16点の電磁的記録媒体(同別表1記載の証拠に記載されたもの5点及び同別表2記載のもの11点)を開示する旨回答した。そこでも、日産の「営業秘密に関するもの」や「プライバシーに関するもの」等を開示の対象から除外した上で、「弁護人による閲覧に限る」という条件を付した。
9月5日の第3回公判前整理手続期日において、弁護人は、本件電磁的記録媒体について「弁護人による閲覧に限る」ことは、手続の重大な遅延を招くものである;時間を無駄にしないためにいったん閲覧を申請するものの、謄写が必要となる見込みである旨を表明した。裁判長からも、検察官に対し、幅広い開示に応じるよう再度勧告がなされた(第3回公判前整理手続調書)。
翌9月6日、弁護人は東京地方検察庁特別公判部に対し、本件証拠物につき閲覧申請をし、同月10日に閲覧することになった。ところが、弁護人は東京地方検察庁特別公判部事務官から、次のような連絡を受けた。
・日産から「従業員のプライバシー等に関する電子データは開示しないでもらいたい」旨の申入れを受けた。合わせて、不開示を希望する証拠の「一覧表」が提出された。
・日産が不開示を希望する証拠の数は6000件近くに及ぶ。
・これを受けて、検察庁では、開示対象である電磁的記録媒体の削除作業をしている。
・削除作業に時間を要するため9月10日には準備が間に合わない可能性がある。
9月11日、弁護人は、東京地検が電磁的記録媒体の削除や還付をしてしまう現実的危険性があると判断して、本件証拠保全命令の申立てをした。
島田裁判官は、同月13日、東京地検の隄良行検事と会った。隄検事は島田裁判官に次のように述べた。
・日産から幅広く証拠を押収している。
・日産から押収した証拠の早期還付を求められている。
・明らかに事件と無関係と判断したものについては、順次還付している。
・明らかに事件と無関係と判断した電磁的記録媒体については、複写物を残さずに還付している。
・判断に迷うものは念のために複写物を残している。
・弁護人に閲覧させる前に、個人のプライバシーや企業秘密を除いた複製物を作って閲覧させることになる。
・謄写させる場合には、これらの情報を除いた複写物を作成して交付することになる。
・押収した電磁的記録媒体の原本について削除・消去することはない。
・開示した証拠は還付せずに検察庁で保管している。
・電磁的記録の複写物について不開示部分を特定することは技術的に難しい部分もあるが、書面で回答する方向で現在検討中である。
9月18日、島田裁判官は次のように述べて、弁護人の証拠保全請求を却下した。
検察庁では,一般的な取扱いとして,事件と明らかに無関係と判断した電磁的記録媒体については,複写物を残していないが,判断に迷うものについては,念のために複写物を作成して残している。
***検察官は,弁護人からの証拠開示請求に対し,電磁的記録を一部開示する場合,まず押収した電磁的記録媒体から,保存されているデータそのままの複写物を作成し,企業秘密や個人のプライバシー保護の観点から一部不開示と判断した部分のデータを削除する方法により開示に適した複写物を作成して,弁護人に閲覧させ,謄写請求された場合には,さらに,その複写物を作成して交付できるように準備をしている(なお,電磁的記録媒体の複写物そのものに不開示とした部分を特定して明示することは技術的に難しい部分があるが,検察官は,書面で回答する方向で検討している。
***
以上によれば,本件電磁的記録媒体については,証拠保全の必要性がないことに帰する。
この却下命令の前日、弁護人は検察官に対して、日産が検察庁に要望したという「約6,000点に上る」不開示を求める証拠の「一覧表」を交付するように求めた(9月17日付け申入書)。この求めを検察庁は今日まで黙殺している。依然として日産が不開示を求めた情報が何なのか、弁護人には不明である。
検察官が不開示部分について「書面で回答する方向で検討している」と述べたということなので、9月27日に行われた第4回公判前整理手続期日において、弁護人は、改めてその特定を求めた。これに対して検察官は回答を拒否して、9月26日付け回答書に記載したとおりであるなどと述べた。その回答書における検察官の回答は、各証拠の「その一部を不開示(重要性を欠くとともに、弊害が大きく相当性がない。)とした」というだけであり、証拠どの部分を開示しないのかついて、何一つ答えていない(9月26日付け回答書)。
同期日において検察官は日産から削除の要望があった事実を確認することすら拒否した。
本日現在、検察官が本件電磁的記録媒体のうち何を日産に還付したのか、どの部分を削除したのか、弁護人に開示しないのはどの媒体のどの部分なのか、一切不明である。
2 「証拠を使用することが困難な事情」があることは明白である
東京地方検察庁は、これまで、日産と一体となり、強い協力関係の下で捜査及び訴追を進めてきた。本件は、日産が東京地検に持ち込んだ事件である。日産の従業員のうち少なくとも2名――大沼敏明とヘマント クマール ナダナサバパシー(ハリ・ナダ)――は、検察官との間で、不起訴処分と引き換えに、自らが保管する一切の資料の提出や供述調書の作成、法廷での証言をはじめとする協力行為をすることを合意したことが明らかとなっている。加えて、日産の代表取締役であった西川廣人は、検察官の主張を前提とすれば、問題となっている過少記載された有価証券報告書の提出者であり、刑事責任を負うべき立場にあることが明白である。にもかかわらず、検察官は、西川氏について不起訴処分としている。弁護人は、検察官が西川氏との間で刑訴法350条の2の合意をした事実の有無を明らかにするよう釈明を求めた(2019年6月11日付け求釈明申立書)。これに対して検察官は、合意をした事実はないとも表明せず、「釈明の必要はない」として、回答自体を拒んでいる(第1回公判前整理手続調書)。
検察庁が日産と一体となり、捜査、訴追を進めていることは疑問の余地がない。今回、検察官が、一法人にすぎない日産の申入れに基づき、事前に弁護人に知らせることもなく、弁護人に開示する電磁的記録媒体から大量のデータを削除しようとしていること、日産から申し入れたあったことの確認すら拒絶しているのも、その表れである。
紙媒体の墨塗り(マスキング)と異なり、弁護人に開示される電磁的記録媒体からデータが削除された場合、開示を受けた弁護人は、どのようなデータが削除されたか、全く知ることができない。防御上重要なデータが削除されたとしても、そのようなデータが削除されたこと自体が隠蔽されてしまうのである。その害悪はきわめて深刻である。検察官は島田裁判官に対して「書面で回答する方向」だと説明しながら、検察官の「書面」はどの部分を開示しないのか一切不明な内容である。
検察官が還付したという「明らかに無関係と判断したもの」とはどのようなものなのか、検察官はどのような基準でどのような理由でその証拠を「明らかに無関係」と判断して還付したのかも全く不明である。同様に、検察官がどのような場合に「判断に迷う」ものであり複写物を残しているのかも明らかではない。
検察官のこうした不誠実な対応からすれば、このままでは本件と関連がある電磁的録媒体が失われ、しかも失われたことすら気付かれないという事態が起こりうることは目に見えている。
したがって、本件電磁的記録媒体について、あらかじめ証拠を保全しておかなければ、その証拠を使用することが困難な事情(刑訴法179条1項)があることは明らかである。
最高裁判所第2小法廷平成17年11月25日決定は、「捜査機関が収集し保管している証拠については、特段の事情が存しない限り、刑訴法179条の証拠保全手続の対象にならないものと解するべきである」とした(最2小決平17・11・25刑集59-9-1831)。これは、夫に無理やり覚せい剤を注射されたと言って警察に出頭した被疑者の両手首や両肘内側を警察が撮影した写真とそのネガフィルムの証拠保全が問題になった事案である。被疑者側はもちろんそうした写真撮影がなされたことや写真の存在を知っている。原決定は次のように述べて証拠保全の必要性を否定した――「被疑者側は、本件に係る公訴提起がなされた後に、検察官からそれらの証拠開示を受けたり、検察官の手持ち証拠として証拠請求するなどして、公判廷に証拠として提出すれば足りるのであって、通常は、証拠保全手続によって証拠を保全する必要性はないというべきである」(刑集59-9、1841頁)[1] 。本件においては、検察官は弁護人に証拠開示することを拒んでいるだけではなく、そもそもどの部分を開示しないのかも明らかにしない。弁護側が証拠開示や証拠請求手続を通じてその内容を公判廷に提出することは不可能なのである。本件は最高裁が言う「特段の事情」が存する場合なのである [2]。
3 原裁判は公正な審理を受ける権利を否定する
結局原裁判は、検察官が削除したり還付したりして消失の危険があるのは、検察官が「明らかに無関係」と判断したものであり、それがどの部分かわからないとしても、検察官がそのように述べているのだから、検察官に任せておけば良い、と言っているだけである。検察官の発言を担保するものが何一つないにもかかわらず、われわれに「検察を信じよ」と言っているだけである。このような態度はおよそ公正中立な裁判官の姿勢ではない。検察官の言動を信じよというのであれば、検察官の主張は常に正しいというのと同じである。これは刑事裁判の否定にほかならない。検察官の主張するところが、証拠と論理と法に照らして正しいのかどうかを公正中立な立場から判断し、その判断の正当性を公的に明らかにすることが裁判官に託された使命である。原裁判はこの司法の中核的な職責を放棄したものという他ない。原裁判はゴーン氏の公平な裁判所による公正な公開審理を受ける権利(市民的及び政治的権利に関する国際規約14条1項、憲法37条1項)を奪うものである。
「公正な審理」(fair trial)の保障を実現するもっとも重要な基準は「武器対等の原理」(the principle of equality of arms)である。裁判所は刑事訴訟の当事者である検察官と被告人とを対等に扱い、訴訟当事者として対等の機会を保障しなければならないのである[3]。原裁判は、検察官が日産から押収し確保した膨大な電子データを自由に閲覧し利用し複製を作成し削除する権限を与える一方で、被告人やその弁護人に対しては、謄写する権限どころか、閲覧の機会すら与えないのである。検察官がもうひとりの被告人である日産の要望に基づいてデータの一部を削除した残りを閲覧する機会しかゴーン氏とその弁護人には与えられない。しかも、どの部分を削除したのかを知る機会すら与えないのである。このような原裁判の判断が武器対等原則に反することは明らかである。
そして、このような権利の制限に合理的な理由はどこにもない。検察官は日産が「企業秘密と従業員のプライバシー」に関する情報であるとして削除をもとめる6000点の情報を削除するというのであるが、これらの情報は裁判官の令状審査によって事件と関連性を有すると判断されたもの、あるいは、日産やその従業員が自発的に検察庁に提供した情報なのである。公的な検証の対象とすることについて司法的な判断がすでになされているのである。この段階で日産やその従業員に企業機密やプライバシーに基づく情報のコントロールを認めるのは背理である。
検察官が証拠開示に関する法にしたがって被告人や弁護人に開示した証拠を被告人や弁護人が公判審理等の準備以外の目的で第三者に交付することは禁止されており(刑訴法281条の4)、これに違反した場合は懲役刑を含む刑事罰が課されるのである(281条の5)。入手した証拠を公開の法廷で取り調べることを当事者が請求したとしても、それが事件に関連しないものであれば、証拠として採用されることはなく、公開されないのである。したがって、仮に本件電磁的記録の中に日産の企業秘密やその従業員のプライバシーとして法的保護に値する情報が含まれているしても、弁護人にその閲覧謄写の機会を与えることによって権利侵害が発生することにはならないのである。それよりも、検察官が強制的に確保した証拠物を被告人が検討する機会を根こそぎ奪い、審理の公正さに対する深刻な疑念をもたらすことの弊害の方が遥かに大きいであろう。
4 結論
被告人には強制捜査の権限はない。証拠や情報を自ら探求する資源もない。証拠開示という制度は、被告人に有利なものも不利なものも含めて捜査機関が強制的な手段を用いて証拠収集する職権を与える見返りに、その成果である証拠を被告人に利用する機会を与えようというものである。そうすることで刑事裁判における実質的な当事者対等すなわち武器対等を図り、公正な裁判を実現しようというのである。捜査機関に対して証拠収集のために強制的な権限を与える一方で被告人にはそれへのアクセスを認めず、しかも、収集した証拠を検察官が一方的に削除したり、関係者に返還したりする自由まで与えるのであれば、それは捜査機関に証拠隠滅の権利を認めたに等しい。
以上
[注]
1 大野勝利「捜査機関が収集し保管している証拠を証拠保全手続の対象とすることの可否」法曹会編『最高裁判所判例解説刑事篇(平成17年度)』(法曹会2008)、629、633頁もこの点を指摘している。
2 大野裁判官は、「特段の事情」の例として「例えば、捜査機関が手持ちの重要証拠を不要として破棄する意向を示している場合、あるいはこのような証拠を提出者に還付する予定であるが、提出者の下で破棄隠匿される危険性が高い場合」を上げている。大野・前注、634頁。
3 Nowak, ICCPR Commentary, 2nd ed., p321.
コメント一覧
1. Posted by Dr.PS13kai 2019年10月05日 03:11
なんかややこしいというか、いろいろ飛び火して面白くなってきました。(すいません。野次馬根性です。)「司法に携わる者には守秘義務があり、企業機密やプライバシーより優先される」と思っていたのが、司法関係者が守秘義務を遵守しないことを前提にしていることに驚きでしたが、裁判所が捜査機関の証拠(無罪となる)隠滅の権利を認めるなんてね。「冤罪の唯一無二の原因を裁判所自ら生み出す」とは考えないのでしょうか。シャープ、東芝に続いて日産もガタガタにして、この国の各々の公的機関はどこの国の出先機関なのか探ろう(ロシア?中国?ひょっとして北朝鮮?まさか韓国?)と思っていたのですが、ことここに至っては民間大手企業のみならず、この国の司法体制そのものの弱体化を目指している。しかも自ら。この裁判で日産がどうなるのか興味津々だったのですが、「司法体制崩壊のきっかけ」に立ち会っているのかもと別の興味が湧いてきました。申し訳ありません、完全な野次馬ですね。理想とされる司法体制の構築、維持に貢献するよう頑張ってください。
2. Posted by Michael Fox 2019年10月06日 18:02
裁判官の考え方。。さっぱりわかりません。悲劇です。
3. Posted by 不誠実 2019年10月07日 17:07
検察官は、不誠実ですね。
いや、そんな言葉では言い表わせない程の
いやらしさがありますね。
回答しない、正面から答えない、論理的に説明しない。
開示するとマズイものが有るので、
削除したり、還付したりしているのかと疑わざるを得ないですね。
男らしくない、公務員としての自覚もない、遵法精神も足りないですネ。
流石っす!ある意味、男っす!
組織のためなら法律なんて守らない。
素敵っす!
こんなインチキ公務員が権力を持っているなんて、
何て恐ろしい国なんだろう(棒読み)。
いや、そんな言葉では言い表わせない程の
いやらしさがありますね。
回答しない、正面から答えない、論理的に説明しない。
開示するとマズイものが有るので、
削除したり、還付したりしているのかと疑わざるを得ないですね。
男らしくない、公務員としての自覚もない、遵法精神も足りないですネ。
流石っす!ある意味、男っす!
組織のためなら法律なんて守らない。
素敵っす!
こんなインチキ公務員が権力を持っているなんて、
何て恐ろしい国なんだろう(棒読み)。
4. Posted by 真価が問われる 2019年10月08日 16:29
この件により
検察庁の権威、信頼性は完全に失墜した。
村木事件と本件との違いは、
証拠を改竄したのか否かに過ぎない。
開示すべき証拠を開示せず削除・還付することは
実質的には、証拠隠滅である。
しかも、弁護人に何のヒントも与えない点では、
村木事件の証拠改竄より悪質とも言える。
この件により
検察官が公益の代表者なんかではないことが明らかとなった。
検察官は、国民・市民の味方でもない。
検察官は、検察官・検察庁の味方なのである。
さて、裁判所は、国民・市民の味方なのか?
法・主張・論理・証拠に基づいて、
中立的な判断、
誰もが納得できる論理的な判断を下せるのか?
裁判所は自由を守れるのか?
裁判所の真価が問われる。
検察庁の権威、信頼性は完全に失墜した。
村木事件と本件との違いは、
証拠を改竄したのか否かに過ぎない。
開示すべき証拠を開示せず削除・還付することは
実質的には、証拠隠滅である。
しかも、弁護人に何のヒントも与えない点では、
村木事件の証拠改竄より悪質とも言える。
この件により
検察官が公益の代表者なんかではないことが明らかとなった。
検察官は、国民・市民の味方でもない。
検察官は、検察官・検察庁の味方なのである。
さて、裁判所は、国民・市民の味方なのか?
法・主張・論理・証拠に基づいて、
中立的な判断、
誰もが納得できる論理的な判断を下せるのか?
裁判所は自由を守れるのか?
裁判所の真価が問われる。
5. Posted by ゴーン氏の後ろ盾を 2019年10月09日 08:42
ゴーン氏が会見しない中で弁護士が唯一の支えです。
昨日の会見も大きく取り上げる事は無かったが、弁護士で日々会見を開いて欲しい。
特に海外へ伝わるようにも工夫して欲しいです。
筋の通らない事に対して、訴えもしながらしっかりと主張してゴーン氏の後ろ盾になってください。
昨日の会見も大きく取り上げる事は無かったが、弁護士で日々会見を開いて欲しい。
特に海外へ伝わるようにも工夫して欲しいです。
筋の通らない事に対して、訴えもしながらしっかりと主張してゴーン氏の後ろ盾になってください。
6. Posted by bob 2020年01月05日 23:05
検察・裁判所、不正・不法行為の証拠 ★★
ゴーン氏の未払役員報酬は、確定債務では無い。 ☆☆
9,232 百万円の(未確定)役員報酬の追加費用計上
→ 最善の見積もり額 ★ (13/19p)
(証拠書面) 日産自動車・決算短信(2018.3rd )
https://www.nissan-global.com/JP/DOCUMENT/PDF/FINANCIAL/ABSTRACT/2018/20183rd_financialresult_875_j.pdf
裁判所は、証拠書面6000箇所の削除を認定した。
最高裁判所 第二小法廷
裁判長裁判官 草野耕一
裁判官 菅野博之
裁判官 三浦守
裁判官 岡村和美
(備考)
http://blog.livedoor.jp/plltakano/archives/65951180.html
http://blog.livedoor.jp/plltakano/archives/65950691.html
重要証拠書面、証拠隠滅に該当する。
公文書偽造罪(刑法第155条)
https://ja.wikibooks.org/wiki/%E5%88%91%E6%B3%95%E7%AC%AC155%E6%9D%A1
公務員職権濫用罪(刑法第193条)
https://ja.wikibooks.org/wiki/%E5%88%91%E6%B3%95%E7%AC%AC193%E6%9D%A1