2013年09月29日
被告人に選択の自由を:今すぐできる国選弁護制度改革
もしも税金で医療費が賄われる保険診療の患者は自分の医者を自分で選べないとしたらどうだろう。あなたは市役所の役人が「保険診療担当医名簿」から選んだ医師の診察を受けなければならない。重大な疾患が発見されてもあなたに選択の自由はない。あなたは地元の医師会が作った名簿から無作為に選ばれた医師の緊急手術を受けなければならない。手術経験が豊富な著名な医師は別の医師会に所属しているので名簿に載っていない。もう一人の専門医は名簿に載っているけれども、その医師を患者自身が選ぶこととはできない。どうしてもその先生の診療を受けたければ、自費でその先生を依頼しなければならない。今回あなたの担当になった医師は確かに医師免許を持っているが、現在80歳で、メスを持つのは15年ぶりだ。子宮筋腫の手術をやったことはない。その老医師は「外科手術マニュアル」と「ビギナーズ婦人科」の頁をめくりながら、大きく頷いて、メスを取上げ、年代物の手術台に横たわるあなたに近づいてくる。麻酔が効いてきてあなたは意識を失う…。まるで悪夢だ。
患者が医師を選べないというのはこういうことだ。そのようなことが全国的に行われればその国の医療水準は恐ろしく低いレベルに抑えられることになるだろう。患者が医師を選べるということは、患者のためにも医療のためにも、とても大切なことなのである。
法律の世界、架空の話ではなく現実の、法律の世界に目を転じよう。はじめに言っておこう。ここでは「悪夢」が現実なのだ。
この国で警察に逮捕され刑事訴追を受ける人の実に85%が国選弁護人の弁護を受けている。地方裁判所に起訴された被告人6人のうち1人だけが自分の費用で自分の選んだ弁護士の援助を受けている。残りの5人は弁護士会が管理する名簿にもとづいて裁判所が指名する国選弁護人の弁護を受けている。国選の場合、被告人には弁護士を選ぶ権利がない。その弁護士がどの程度の技量を持っているのか、自分の弁護にどのくらいの熱意をもっているのか、被告人には全く分からない。1週間前に弁護士登録したばかりで、一度も刑事事件をやったことがない若者かもしれないし、65歳で裁判官を退官してその後公証人を5年やったのち、年金生活をしながら「ボケ防止」のために国選弁護をやっている80歳の老人かもしれない。被告人の方から弁護士を変えてくれということはできない。たまたまとても熱心で実力のある弁護士に当たったので、控訴審も引き続きその弁護士にやってもらいたいと思っても、裁判所はそれを許さない。「それを認めると被告人に弁護人を選ぶ権利を与えることになる」と高裁の書記官は言ってくる。
弁護士会が管理している「国選弁護人名簿」に搭載されるために特別の資格は何も要求されない。国選弁護をやりたい弁護士は誰でも無条件で登録される。裁判員制度が始まってから研修を受けることを裁判員事件を受任する条件にしようという動きが出てきたが、研修を義務化した弁護士会はほとんどない。「研修」と言っても、2時間の講義を聞くだけで登録を認めるところもある。数日間の本格的な法廷技術研修を要求するところは皆無である。弁護士になる前に刑事弁護についてきちんと教えられるということもない。司法研修所で刑事弁護を教えている人々は必ずしも刑事事件の専門家ではない。刑事弁護教官はマニュアルにしたがって書類の書き方を教えることぐらいしかできない。証人尋問や弁論の方法を司法修習生に指導できる教官はほとんどいない。
こうして刑事弁護の世界では「悪夢」が現実になる。殺人事件の公判前整理手続で一度も証拠開示請求をせずに、裁判官の要求に従って民事事件の準備書面のような予定主張記載書を出す弁護人;裁判員裁判の最終弁論で、用意した書面を早口で朗読して「弁論要旨」を出す弁護人;依頼人(被告人)をあえて自分の隣に着席させずにラフな服装で公判に出頭させる弁護人;法廷で自分の依頼人を「誰もあなたの話など信じないぞ!」と怒鳴りつける弁護人;居眠りする弁護人。この程度のことでは弁護士会はその弁護士を懲戒しない。国選名簿に搭載され続ける。だから、「悪夢」は繰り返される。「法廷には私の味方は一人もいないと感じた」。ある裁判員裁判事件の被告人はそう述懐した。
さて、この事態は、被告人に国選弁護人に関する選択の自由を与えることで劇的に改善する。現在と同じ条件で――「貧困その他の事由により弁護人を選任することができないとき」(刑事訴訟法36条)――被告人は裁判所に国選弁護人の請求をすることができる。その請求書に選任を希望する弁護士の名前を記載させれば良い。裁判所(あるいはその事務を代行する法テラスや弁護士会)は、その弁護士に連絡をとり、国選弁護人として受任するかどうかを尋ねる。弁護士が了解すれば裁判所はその弁護士を国選弁護人として指名する。その弁護士が断ったら次の弁護士に連絡をとる。
被告人の多くは弁護士の情報を持っていない。しかし、その周囲の人がどの弁護士を頼むべきか彼女にアドバイスしてくれるだろう。予め弁護士に連絡をとって国選弁護を引き受けてくれることを確認したうえで、請求書にその名前を書くということもあるだろう。多忙な弁護士は、自分は受けられないとしても、別のちゃんとした弁護士を推薦してくれるだろう。
この制度が定着すれば、熱心な弁護をする若い弁護士のもとに自然と国選弁護の依頼が集中することになる。その弁護士は刑事弁護だけで生活できるようになるだろう。こうして刑事弁護の能力で他に抜きん出た、真に刑事弁護の専門家と呼ぶに値する人材が生まれる。一度も法廷に立ったことのないような弁護士が殺人事件を受任するなどということはなくなる。年金生活者が小遣い稼ぎやボケ防止のために刑事弁護に手を出すという悪弊も消えさるだろう。専門家が効率的に事件を処理するので、全体的に審理期間が短縮されるだろう。刑事弁護の9割近い国選弁護の質が向上するということは、刑事司法全体の信頼性が向上するということである。納税者にとってこれほど喜ばしいことはない。
この仕組を始めるのに新しい法律を作ったり既存の法律を改正したりする必要は一切ない。いますぐ実行に移すことができる。裁判所が被告人に送付する弁護人に関する照会書の国選希望の欄に希望する弁護士名を書く欄を追加するだけで良い。弁護士会は国選弁護担当弁護士の名簿を作る手間から開放される。被告人が指名した弁護士と連絡を取りその承諾の有無を裁判所に伝えるだけで良い。実際には被告人ないしその家族から国選弁護を依頼された弁護士が直接裁判所に指名受諾の返答をすることが多いだろうから、弁護士会が人選に関わることはほとんどなくなるのではないかと思う。勿論国選弁護の条件の審査は必要だが、それは今までと変わりない。
どのような制度改革の提案にも必ず反対意見がある。この今すぐ実行できて多大の効果が期待できる提案に対しても反対する人がいるに違いない。予想される反対意見に対して簡単に反論をしておくことにしよう(本格的な反論は実際に反対意見が表明されたときにしようと思う)。
被告人が人選するというのは国選弁護制度の趣旨に反するということを言う人(現在の裁判所の主流の考え方)がいるかもしれない。しかし、国選弁護というのは、自分で弁護人を依頼できない人のために国がその費用で弁護人を付ける制度のことである(日本国憲法37条3項)。その弁護人を誰にするかについての選択権を被告人自身に与えてはいけない理由はどこにもない。市民的及び政治的権利に関する国際規約14条3項(d)は「自ら選任する弁護人を通じて、防御すること」を刑事被告人に保障している。これは私選弁護を保障する規定であると理解されているが、自分で選んだ人に弁護してもらうというのが弁護権の基本的な考え方であることに変わりはない。被告人と弁護人が相互の合意のもとで防御活動を行うというのは、両者の信頼関係を構築するうえで有効に作用するだろう。そのことが国選弁護の機能を損なうということはありえない。
弁護士の中には、国選弁護というのは弁護士全員が公平に負担を頒かち合うものであり、できるだけ多くの弁護士がやるべきだという人がいる。しかし、この主張の基礎はすでに崩れている。東京や大阪のような大都市でなくても、中規模以上の弁護士会では国選弁護人名簿に搭載されている弁護士はごく一部に限られている。そもそも刑事弁護は弁護士であれば誰でもできるというものではない。刑事弁護は、日本のような国では特に、高度の専門性を要求する仕事である。たとえば、刑事裁判では証拠法に対する高度の理解とその実践能力が要求される。しかし、その能力がある弁護士は限られている。証拠法の知識もその応用能力もない無能な弁護士が法廷に立っていることが問題なのだ。「全員が負担を分かち合う」という美しい言葉は、無能な弁護士の跋扈という醜悪な現実を覆い隠す無花果の葉にすぎない。被告人の選択を認めれば、こうした能力のない弁護士は法廷からいなくなるだろう。それこそ正しい姿である。弁護士の仕事の領域は非常に広い。刑事弁護以外の仕事に能力を発揮する弁護士が沢山いて良いし、実際沢山いるのである。
刑事弁護士の間の競争が激化するという人もいるだろう。それのいったいどこが悪いのだろうか。競争は良いことである。詐欺的な広告で顧客を集めるのは勿論悪いことであるが、弁護士が自分の技能や成果を公表することは決して間違いではない。被告人自身が弁護士を選択できるということになれば、被告人は真剣に正確な情報を求めるだろうし、弁護士の自己宣伝ではなく、より客観的な評価に基いて選択権を行使するようになるだろう。そのようなニーズに答えて正確で客観的な情報を提供する人も必ず現れる。現在はこうした情報が皆無であるから、誇大広告に飛びつく被害者が後を絶たないのである。依頼人と弁護士との間の情報の非対称性を解消するためにも、被告人の選択権は効果を発揮するだろう。
日本の医療は世界最高水準である。患者の選択権がその最大の功労者かどうかはわからない。しかし、患者が医師を選択できないとしたら、その水準が一気に下降するだろうことは確かである。わが国の刑事弁護の水準を少しでも引き上げるために、一刻も早く被告人の選択権を認めるべきである。
患者が医師を選べないというのはこういうことだ。そのようなことが全国的に行われればその国の医療水準は恐ろしく低いレベルに抑えられることになるだろう。患者が医師を選べるということは、患者のためにも医療のためにも、とても大切なことなのである。
法律の世界、架空の話ではなく現実の、法律の世界に目を転じよう。はじめに言っておこう。ここでは「悪夢」が現実なのだ。
この国で警察に逮捕され刑事訴追を受ける人の実に85%が国選弁護人の弁護を受けている。地方裁判所に起訴された被告人6人のうち1人だけが自分の費用で自分の選んだ弁護士の援助を受けている。残りの5人は弁護士会が管理する名簿にもとづいて裁判所が指名する国選弁護人の弁護を受けている。国選の場合、被告人には弁護士を選ぶ権利がない。その弁護士がどの程度の技量を持っているのか、自分の弁護にどのくらいの熱意をもっているのか、被告人には全く分からない。1週間前に弁護士登録したばかりで、一度も刑事事件をやったことがない若者かもしれないし、65歳で裁判官を退官してその後公証人を5年やったのち、年金生活をしながら「ボケ防止」のために国選弁護をやっている80歳の老人かもしれない。被告人の方から弁護士を変えてくれということはできない。たまたまとても熱心で実力のある弁護士に当たったので、控訴審も引き続きその弁護士にやってもらいたいと思っても、裁判所はそれを許さない。「それを認めると被告人に弁護人を選ぶ権利を与えることになる」と高裁の書記官は言ってくる。
弁護士会が管理している「国選弁護人名簿」に搭載されるために特別の資格は何も要求されない。国選弁護をやりたい弁護士は誰でも無条件で登録される。裁判員制度が始まってから研修を受けることを裁判員事件を受任する条件にしようという動きが出てきたが、研修を義務化した弁護士会はほとんどない。「研修」と言っても、2時間の講義を聞くだけで登録を認めるところもある。数日間の本格的な法廷技術研修を要求するところは皆無である。弁護士になる前に刑事弁護についてきちんと教えられるということもない。司法研修所で刑事弁護を教えている人々は必ずしも刑事事件の専門家ではない。刑事弁護教官はマニュアルにしたがって書類の書き方を教えることぐらいしかできない。証人尋問や弁論の方法を司法修習生に指導できる教官はほとんどいない。
こうして刑事弁護の世界では「悪夢」が現実になる。殺人事件の公判前整理手続で一度も証拠開示請求をせずに、裁判官の要求に従って民事事件の準備書面のような予定主張記載書を出す弁護人;裁判員裁判の最終弁論で、用意した書面を早口で朗読して「弁論要旨」を出す弁護人;依頼人(被告人)をあえて自分の隣に着席させずにラフな服装で公判に出頭させる弁護人;法廷で自分の依頼人を「誰もあなたの話など信じないぞ!」と怒鳴りつける弁護人;居眠りする弁護人。この程度のことでは弁護士会はその弁護士を懲戒しない。国選名簿に搭載され続ける。だから、「悪夢」は繰り返される。「法廷には私の味方は一人もいないと感じた」。ある裁判員裁判事件の被告人はそう述懐した。
さて、この事態は、被告人に国選弁護人に関する選択の自由を与えることで劇的に改善する。現在と同じ条件で――「貧困その他の事由により弁護人を選任することができないとき」(刑事訴訟法36条)――被告人は裁判所に国選弁護人の請求をすることができる。その請求書に選任を希望する弁護士の名前を記載させれば良い。裁判所(あるいはその事務を代行する法テラスや弁護士会)は、その弁護士に連絡をとり、国選弁護人として受任するかどうかを尋ねる。弁護士が了解すれば裁判所はその弁護士を国選弁護人として指名する。その弁護士が断ったら次の弁護士に連絡をとる。
被告人の多くは弁護士の情報を持っていない。しかし、その周囲の人がどの弁護士を頼むべきか彼女にアドバイスしてくれるだろう。予め弁護士に連絡をとって国選弁護を引き受けてくれることを確認したうえで、請求書にその名前を書くということもあるだろう。多忙な弁護士は、自分は受けられないとしても、別のちゃんとした弁護士を推薦してくれるだろう。
この制度が定着すれば、熱心な弁護をする若い弁護士のもとに自然と国選弁護の依頼が集中することになる。その弁護士は刑事弁護だけで生活できるようになるだろう。こうして刑事弁護の能力で他に抜きん出た、真に刑事弁護の専門家と呼ぶに値する人材が生まれる。一度も法廷に立ったことのないような弁護士が殺人事件を受任するなどということはなくなる。年金生活者が小遣い稼ぎやボケ防止のために刑事弁護に手を出すという悪弊も消えさるだろう。専門家が効率的に事件を処理するので、全体的に審理期間が短縮されるだろう。刑事弁護の9割近い国選弁護の質が向上するということは、刑事司法全体の信頼性が向上するということである。納税者にとってこれほど喜ばしいことはない。
この仕組を始めるのに新しい法律を作ったり既存の法律を改正したりする必要は一切ない。いますぐ実行に移すことができる。裁判所が被告人に送付する弁護人に関する照会書の国選希望の欄に希望する弁護士名を書く欄を追加するだけで良い。弁護士会は国選弁護担当弁護士の名簿を作る手間から開放される。被告人が指名した弁護士と連絡を取りその承諾の有無を裁判所に伝えるだけで良い。実際には被告人ないしその家族から国選弁護を依頼された弁護士が直接裁判所に指名受諾の返答をすることが多いだろうから、弁護士会が人選に関わることはほとんどなくなるのではないかと思う。勿論国選弁護の条件の審査は必要だが、それは今までと変わりない。
どのような制度改革の提案にも必ず反対意見がある。この今すぐ実行できて多大の効果が期待できる提案に対しても反対する人がいるに違いない。予想される反対意見に対して簡単に反論をしておくことにしよう(本格的な反論は実際に反対意見が表明されたときにしようと思う)。
被告人が人選するというのは国選弁護制度の趣旨に反するということを言う人(現在の裁判所の主流の考え方)がいるかもしれない。しかし、国選弁護というのは、自分で弁護人を依頼できない人のために国がその費用で弁護人を付ける制度のことである(日本国憲法37条3項)。その弁護人を誰にするかについての選択権を被告人自身に与えてはいけない理由はどこにもない。市民的及び政治的権利に関する国際規約14条3項(d)は「自ら選任する弁護人を通じて、防御すること」を刑事被告人に保障している。これは私選弁護を保障する規定であると理解されているが、自分で選んだ人に弁護してもらうというのが弁護権の基本的な考え方であることに変わりはない。被告人と弁護人が相互の合意のもとで防御活動を行うというのは、両者の信頼関係を構築するうえで有効に作用するだろう。そのことが国選弁護の機能を損なうということはありえない。
弁護士の中には、国選弁護というのは弁護士全員が公平に負担を頒かち合うものであり、できるだけ多くの弁護士がやるべきだという人がいる。しかし、この主張の基礎はすでに崩れている。東京や大阪のような大都市でなくても、中規模以上の弁護士会では国選弁護人名簿に搭載されている弁護士はごく一部に限られている。そもそも刑事弁護は弁護士であれば誰でもできるというものではない。刑事弁護は、日本のような国では特に、高度の専門性を要求する仕事である。たとえば、刑事裁判では証拠法に対する高度の理解とその実践能力が要求される。しかし、その能力がある弁護士は限られている。証拠法の知識もその応用能力もない無能な弁護士が法廷に立っていることが問題なのだ。「全員が負担を分かち合う」という美しい言葉は、無能な弁護士の跋扈という醜悪な現実を覆い隠す無花果の葉にすぎない。被告人の選択を認めれば、こうした能力のない弁護士は法廷からいなくなるだろう。それこそ正しい姿である。弁護士の仕事の領域は非常に広い。刑事弁護以外の仕事に能力を発揮する弁護士が沢山いて良いし、実際沢山いるのである。
刑事弁護士の間の競争が激化するという人もいるだろう。それのいったいどこが悪いのだろうか。競争は良いことである。詐欺的な広告で顧客を集めるのは勿論悪いことであるが、弁護士が自分の技能や成果を公表することは決して間違いではない。被告人自身が弁護士を選択できるということになれば、被告人は真剣に正確な情報を求めるだろうし、弁護士の自己宣伝ではなく、より客観的な評価に基いて選択権を行使するようになるだろう。そのようなニーズに答えて正確で客観的な情報を提供する人も必ず現れる。現在はこうした情報が皆無であるから、誇大広告に飛びつく被害者が後を絶たないのである。依頼人と弁護士との間の情報の非対称性を解消するためにも、被告人の選択権は効果を発揮するだろう。
日本の医療は世界最高水準である。患者の選択権がその最大の功労者かどうかはわからない。しかし、患者が医師を選択できないとしたら、その水準が一気に下降するだろうことは確かである。わが国の刑事弁護の水準を少しでも引き上げるために、一刻も早く被告人の選択権を認めるべきである。
コメント一覧
1. Posted by 田舎の弁護士 2013年09月30日 23:31
ぜひ所属会や日弁連の委員会などで提案してください。
2. Posted by 高野隆 2013年09月30日 23:50
田舎の弁護士さん、コメントありがとうございます。
無理して刑事弁護をやらないでください。今すぐやめてください。それが一番です。
無理して刑事弁護をやらないでください。今すぐやめてください。それが一番です。
3. Posted by 田舎の弁護士 2013年10月01日 00:09
しかし、まだ田舎では、先生のおっしゃる「国選弁護は弁護士全員が公平に負担を頒かち合うもので、できるだけ多くの弁護士がやるべきだ」という馬鹿げたドグマに囚われた愚昧な弁護士が少なくなく、多少は引き受けないと白い目で見られます。
なぜか、こういうことを主張する弁護士には、刑事弁護委員会などで刑事弁護に熱心な弁護士(高野先生を尊敬しているような弁護士も)も多いのです。具体的には言えませんが、高野先生の主催する研修への参加を熱心に促している弁護士にも、そういう発想の人がいるのです。
私のように勇気のない人間が安心して刑事弁護から手を引くために、高野先生のように高名な弁護士から、このようなブログで述べるだけではなく、「やりたくない弁護士は刑事弁護から手を引け。その方がいいし、それは恥ずかしいことではない。」という提起を広くしていただき、そうした弁護士たちの目をさましていただきたいのです。
4. Posted by 遂犯無罪 2013年10月22日 21:12
原田國男元裁判官が、東京高裁刑事部総括時代の8年間に約30件以上の逆転無罪判決を言い渡してきたことはあまり知られていない。しかも、検察官からの上告はなく、無罪部分は確定している
この数字がどれくらい稀かといえば、 平成22年司法統計第61表によると同年に6856件あった控訴事件のうち、無罪判決が21件(0.3%)という事実が如実に物語っているだろう。
たった一人の裁判官が、わずか8年で全国の逆転無罪判決の一年あたりの総件数を遥かに超える逆転無罪判決を下している。
http://www.suihanmuzai.com/131025.jpg.html
この数字がどれくらい稀かといえば、 平成22年司法統計第61表によると同年に6856件あった控訴事件のうち、無罪判決が21件(0.3%)という事実が如実に物語っているだろう。
たった一人の裁判官が、わずか8年で全国の逆転無罪判決の一年あたりの総件数を遥かに超える逆転無罪判決を下している。
http://www.suihanmuzai.com/131025.jpg.html
5. Posted by 萩原猛 2013年11月03日 17:38
私も、今まで、私選弁護を依頼しない被疑者・被告人が国選弁護人の選り好みをするのは、彼らのわがままだと思っていた。しかし、高野さんの意見に接し、これは単に克服すべきドグマに過ぎないと思いなおした。私は、今、私選弁護人が十分な弁護をしてくれないと訴える被告人から弁護人となってほしいと懇願されている。しかし、彼と家族にはさらに弁護料をねん出できる資力がない。埼玉弁護士会の従前の取り扱いでは、私が国選弁護人になることができない(なれる可能性はある)。
私は、埼玉弁護士会・刑事弁護委員会に、被疑者・被告人に国選弁護人の選択権はあるとの思想のもとに、弁護士による「持ち込み国選」を認めることを原則とするよう提言した!しかし、委員の反応は鈍い。
私は、埼玉弁護士会・刑事弁護委員会に、被疑者・被告人に国選弁護人の選択権はあるとの思想のもとに、弁護士による「持ち込み国選」を認めることを原則とするよう提言した!しかし、委員の反応は鈍い。
6. Posted by 高野隆 2013年11月03日 19:08
萩原さん
埼玉弁護士会が突破口を開けば改革は一気に進むでしょう。ご健闘を祈ります。
「被告人の国選弁護人指名権」実現運動を我々とともに闘ってくれる弁護士が全国から現れることを期待しましょう。
埼玉弁護士会が突破口を開けば改革は一気に進むでしょう。ご健闘を祈ります。
「被告人の国選弁護人指名権」実現運動を我々とともに闘ってくれる弁護士が全国から現れることを期待しましょう。
7. Posted by 匿名希望 2022年03月21日 23:06
「この制度が定着すれば、熱心な弁護をする若い弁護士のもとに自然と国選弁護の依頼が集中することになる。その弁護士は刑事弁護だけで生活できるようになるだろう。」←少なくとも、今の国選弁護の報酬水準では無理だと思います。
まぁ、独身で家族を持たずに、贅沢もせず、土日も弁護士業務につぎ込むなら、暮らしていける水準の所得は得られるかも知れませんが(だからこそ、高野先生も「若い弁護士」に限定しているのかもしれませんが)、家族をもって、子供が高校大学に進学して、住宅ローンも払って、老後の資金を貯められるような収入・所得を国選弁護だけで継続的に得ることは不可能でしょう。
まぁ、独身で家族を持たずに、贅沢もせず、土日も弁護士業務につぎ込むなら、暮らしていける水準の所得は得られるかも知れませんが(だからこそ、高野先生も「若い弁護士」に限定しているのかもしれませんが)、家族をもって、子供が高校大学に進学して、住宅ローンも払って、老後の資金を貯められるような収入・所得を国選弁護だけで継続的に得ることは不可能でしょう。
8. Posted by 匿名希望 2022年03月25日 19:51
高野先生の案には共感できるところもあるのですが、被疑者被告人に指定された弁護士が国選弁護人就任を拒んだらどうするのでしょう?それとも医師の応召義務のように、指定された弁護士は国選弁護人就任を拒否できないのでしょうか。
9. Posted by 高野隆 2022年03月25日 20:32
ご質問ありがとうございます。本文にも書きましたが、弁護士には「応召義務」はなく、依頼があっても拒否できます。多忙で受任できないこともあるでしょう。その場合は、その弁護士は別の弁護士を紹介できるでしょうし、依頼者の側でも別の弁護士を探すでしょう。
10. Posted by 匿名希望 2022年03月27日 11:29
8で質問した者です。お忙しい中ご回答ありがとうございました。おかげで高野先生のお考えが具体的に理解できました。