2012年09月09日
前科の証拠能力(上告趣意書)(2)
【これは最高裁判所第2小法廷平成24年9月7日判決の上告趣意書である。】
昭和2年(1927年)の大審院判例はつぎのようなものである。殺人予備と銃砲火薬類取締法施行規則違反(戎器携帯)事件の被告人の予審調書に「自分は3回賭博罪に処せられたる身」であるとの記載があり、それが有罪の証拠説明に記載されていた。これが採証法則に反するとして上告された。大審院は次のように述べた。
「元来前科ナルモノハ被告人ハ曾テ犯罪ニ依リ刑罰ニ処セラレタリト云フ過去ニ於ケル被告人性行ノ一端ヲ示スニ止マリ其ノ後ニ生シタル犯罪事実トハ何等関渉スルトコロナキモノナルカ故ニ被告人ニ前科アルノ事実カ証明セラレタル場合ニ於テモ其ノ事実ハ公訴ノ目的タル犯罪行為ノ成立ヲ断定スルニハ適当ナラサルモノナリトス従テ斯ル前科ヲ採リテ犯罪事実証明ノ資料ニ供シタリトセハ採証ノ法則ニ違反スルモノト云ハサルヲ得ス」
大審院はこのように前科を採用したこと自体を違法と断じた。しかし、この事案においては他の証拠で被告人の公訴事実が具体的詳細に証明されているので、証拠説明に瑕疵があったとしても判決に影響を及ぼさないとして上告を棄却したのである(大判昭2・9・3新聞2750-9)。
この二つの先例によって、前科は公訴事実認定の証拠たりえないとのルールは確立したと言える。その後の判例はこのルールが存在することを前提に、その例外が認められるか――どのような場合に前科は証拠能力を持つのか――という問題を論じるのである。
大審院昭和4年11月16日判決(刑集8-568)は「前科」というよりも被告人の暴力的な「性行経歴」の証拠能力を直接問題とした判例である。配下の者と共謀して公共工事の入札会場に乗り込んで、入札関係者に「自分ハ嘗テ喧嘩シタルコトモアリ又人ヲ斬リタルコトモアリ場合ニ依リテハ警察ヲ向フニ廻シテモ引ケヲ取ラヌ」などと脅迫して、「弁当代」などの名目で金員を要求し、「之ニ應セサレハ同人等ノ身體ニ危害ヲ加ヘントスルカ如キ態度ヲ示シ」て被害者らを畏怖せしめて金員を恐喝したというのが公訴事実である。原判決は、被告人が「常ニ配下ヲ擁シテ暴威ヲ逞フシ工事請負入札場ニ出入シテハ其ノ威力ヲ以テ入札關係人ヨリ金員ヲ強要シ痛ク世人ニ畏怖嫌厭セラレ居リ」という「性行経歴」を有することを認定したうえで、これをも参酌して有罪を認定したと説明した。これに対して上告趣意は、被告人の性行経歴等は抽象的な事実に過ぎないのであって、刑の量定の資料となることはあっても、性行経歴に基づいて犯罪事実を認定することは許されないと言って破棄を求めた。
大審院は、まず、被告人の性行経歴に基づいて犯罪事実を認定することは許されないという原則を述べる。
「犯人ノ性行經歴ハ之ニ依據シテ其ノ者ノ犯罪行爲ヲ認定スルノ資料ト爲スヲ許スヘキモノニアラス……之一ニ其ノ性行經歴ト犯罪行爲トノ間ニ何等交渉スル所ナキカ爲ニ外ナラサルヤ勿論ナリ」
こう述べたうえで、大審院は、性行経歴と公訴事実が「交渉スル場合」は別だという。
「犯人ノ性行經歴ト犯罪行爲トカ交渉スル場合ニ在リテハ決シテ敍上一般普通ノ事理ニ拘ハルヘキモノニアラスシテ其ノ犯罪ト交渉ヲ有スル限度ニ於テ證據ニ依リ認定セラルル性行經歴モ之ヲ亦當該犯罪認定ノ資料ト爲スヲ妨ケス」
大審院は、この事件においては「被告人等ノ世間周知ノ兇暴ナル性行」を被害者に示すという行為が恐喝行為の一端をなしていることから、被告人の性行経歴と犯罪行為とが「交渉スル場合」に当るとして、上告を棄却したのである。この判例は、後に指摘するように、前科に限定せずに、一般的に性格証拠禁止の法理を宣言したわが国最初の判例である。それと同時に、性格証拠禁止の例外の一つとして、性格それ自体が訴因の一部となっている場合には性格が許容されることを宣言したという点でも重要である。
大審院の判例の中には、このような性格証拠禁止のルールに対する例外としてではなく、そもそも前科による有罪認定ではないと言って上告を棄却するものもある。大審院昭和14年3月25日判決(大審院判決全集6-14-43)は、飲酒中に口論となり、小刀で喉を刺して出血死させたという傷害致死事件である。被告人は、留吉(被害者)が「此馬鹿野郎外ヘ出ロ」と言って外に出た後しばらく残って焼酎を飲み終え、もう留吉はいないだろうと思って小刀を持って表に出たところ、留吉が背後から飛びかかって来て、自分もろともよろけてその際に小刀が留吉の喉に刺さってしまったのであり、傷害に当らないと言って争った。原判決は事実説明の冒頭に「被告人ハ曩ニ其ノ妻ヲ殴打死ニ到ラシメタル為大正九年六月十四日千葉地方裁判所ニ於テ傷害致死罪ニ依リ懲役五年ニ処セラレタルコトアリ其ノ後昭和四年三月中八日市場区裁判所ニ於テ恐喝未遂罪ニ依リ懲役六月ニ昭和十一年八月三日同裁判所ニ於テ傷害罪ニ依リ罰金四十円ニ各処セラレタル等ノ素行経歴ヲ有スルモノナルトコロ」と判示した。上告審において、弁護人は、この説示は前科によって公訴事実を認定するものであると主張して破棄を求めた。大審院はここでも前科による犯罪事実の認定は許されないという原則をまず確認する。
「被告人ニ前科アリト云フカ如キ事実ハ……本来其ノ後ニ生シタル犯罪行為ト何等ノ関渉ナキ過去ノ事項ニ属スルヲ以テ被告人ニ前科アルノ事実カ証明セラレタル場合ニ於テモ其ノ事実ニ依リ公訴ノ目的タル犯罪行為ノ成立ヲ断定スルカ如キコトハ適当ノ措置ナリト為スヲ得サルヤ言ヲ俟タサルトコロナル」
しかし、これに続けて、大審院は、本件の場合は前科によって犯罪行為を認定しているのではなく、「単ニ被告人ノ性行経歴ノ一端ヲ叙スル」ものに過ぎずないと述べて、上告を棄却した。
「単ニ被告人ノ性行経歴ノ一端ヲ叙スルカ為前科アル事実ヲ判示スルカ如キコトハ固ヨリ法ノ禁止スルトコロニアラサルモノト云ワサルヘカラス原判決ニ依レハ判示犯罪事実ハ其ノ挙示セル証拠ニ依リ優ニ証明サラレテ間然スルトコロナク唯其ノ冒頭ニ於テ所論ノ如ク被告人又造ニ前科アルノ事実ヲ説示シアルモ之単ニ同被告人ノ性行経歴ノ一端ヲ掲ケタルニ止マリ斯ル事実ヲ採テ以テ判示犯罪事実認定ノ一資料ニ供シタルモノニ非サルコト原判文ヲ通読シテ容易ニ之ヲ了解シ得へク……。」
後に検討するように、英米コモンローの性格証拠の法理によれば、前科(他罪証拠)による有罪認定の禁止に対する例外の一つとして、意図や計画性の立証あるいは事故や不可抗力の主張に対する反証のためには前科(他罪証拠)を利用することが許される。この例外を適用したと考えられる大審院判例がある。大審院昭和15年3月19日判決(大審院判決全集7-12-26)がそれである。被告人は、資産家であると偽って結婚の意思もないのに結婚相談所を通じて女性に結婚を申し込み、返済の意思もないのにあるように装って、女性から事業資金として5000円を騙取したという詐欺の事実で起訴された。これに対して、被告人は、金銭を受け取った事実は認めるが、詐欺の意思を否認し、結婚の意思もあったし返済の意思もあった、騙し取るつもりはなかったと主張した。原判決は、被告人自身が供述する同種の結婚詐欺の前科を証拠として援用した。すなわち「自分ハ曾テ婦女ヨリ金品ヲ騙取スルコト等ニ依リ数回前科ヲ重ネタルカ昭和二年東京控訴院ニ於テ処分セラレタル前科ハ自分カ帝大ノ文学博士ナリト云ヒ或ハ恩賜ノ時計ヲ貰ヒタルカ如キコトヲ申シテ結婚スルト称シ五六人ノ婦人ヨリ金ヲ巻キ上ケタル事案ナリ次ノ前科ハ伊豆長岡ニ転地静養中看護婦ヲ引掛ケ金ヲ取リタル事案次ノ前科ハ喜多キヨカト一緒ニナリオル中自分カ医学博士池田ト偽名シ診療所ヲ開設シ次カラ次ヘト沢山ノ婦人ト関係シ女学校ノ先生ヲナシタル婦人ト一緒ニナリ金ヲ巻キ上ケタル事案ナリ」というものである。弁護人は上告趣意のなかで大正7年判決を引用して、前科による犯罪事実の認定であって採証法則に違反すると言った。しかし、大審院は次のように説示してこの主張を退けた。
「公訴事実ニ全然交渉ナキ単ニ前科アルノ故ヲ以テ公訴事実ヲ認定スルコトノ不法ナルハ論ヲ俟タサルトコロナリト雖被告人ノ性行経歴ニシテ其ノ犯行ト脈略交渉アリト解セラルルニ於テハ犯人カ斯クノ如キ性行経歴ヲ有スルモノナリト証拠ニ依リテ説示シ当該犯罪認定ノ資料ト為スニハ何等ノ妨ケアルコトナシ然リ而シテ原判決引用ニ係ル所論事項ハ被告人ニ前科アリトノ事実即チ単ナル受刑事項ノミヲ罪証ニ供シタルニ非スシテ原判示犯行ニ脈略交渉アリト認ムルニ難カラサル被告人ノ性行経歴ニ関スル原審公判廷ニ於ケル被告人ノ供述ヲ引用シタルモノト認ムルヲ正当トス従ツテ原判決ニハ採証上所論ノ如キ違法存スルコトナク論旨理由ナシ」
この事件でも大審院は前科による公訴事実の認定が原則として違法であることを確認したえで、本件は例外的に前科による認定が許される場合であると述べている。大審院は「犯行ニ脈略交渉アリト認ムルニ難カラサル」としか説明していないが、結婚詐欺の犯意を否認して結婚のつもりもあった返済するつもりもあったと主張する被告人に対して、同種の結婚詐欺の前科をもって反証して犯意を認定する場合であることは明らかであろう。
現行刑訴法は伝聞証拠や自白の許容性に関する幾つかの明文規定を設けたが、それ以外の証拠法のルールに関しては明文規定を設けなかった。いわゆる関連性の定義を定めた規定もないし、関連性のない証拠を排除する旨の規定もない。しかし、刑訴法295条1項の規定[3]などを根拠に、わが国においても法律的関連性を証拠能力の要件と考えるのが一般的である[4]。大審院が累次の判例を通じて確立した性格証拠の法理――なかんずく前科(他罪証拠)による公訴事実認定の禁止とその例外――を最高裁が変更したことはない。最高裁がこの問題を取り上げたのは次に掲げる2つの先例においてのみであるが、最高裁は大審院の遺産を引き継いだというべきである。
最初の先例は昭和28年の最高裁判決である。警察官である被告人が、逮捕した被疑者を取り調べる際に、頭髪を掴んで引張り、手拳で左目を殴打し、治療1週間の傷害を負わせたという特別公務員暴行陵虐の訴因である。訴訟の終盤になって、検察官は「被告人に暴行を加える習癖があることを立証するため」と言って、かつて被告人の取調べを受けたことのある者2人を証人申請した。弁護人は「類似事実の立証は裁判所に偏見又は予断を生ぜしめる」と述べて異議を唱えた。裁判所は「情状に関しての証拠として採用する」と宣言して、2人の証人(元被疑者)取り調べた。上告趣意は、この証人尋問は実質的に類似事実による悪性格立証を許したものであり、被告人の個人としての尊厳を犯し、かつ、予断偏見を抱き公平な裁判所ではなくなった裁判官によって行われた裁判であるから、憲法13条、37条1項に違反すると主張した。最高裁判所第3小法廷は次のように述べて、上告を退けた。
「第一審裁判所は、当事者双方に、要証事実に関する立証を一応尽さしめた後に、検察官の申請にかゝる所論の証人を、情状に関するものとして尋問しているのであつて、同裁判所も説示する如く、いわば要証事実に関する証拠調を終了し、量刑に関する諸般の情状を調査する手続上の段階において、右の如き証人尋問がなされたということができるのである。そして、所論証人尋問が、被告人に暴行の習癖のあることを立証せんとするにあつたとしても、それは勿論本件公訴事実の立証の為のものでなく、量刑に関する情状に関するものと認むべきであり、かかる証人尋問を、かかる手続上の段階において制限すべきいわれはないから、第一審の右の如き公判手続に所論の如き訴訟法の違反があるということはできない」(最3小判昭28・5・12刑集7-5-981)。
この判決が他罪証拠による公訴事実の認定は原則として禁じられるという大審院以来の法理を前提としていることは明らかであろう。そのうえで、この事件ではあくまでも「情状」として他罪証拠を受け入れただけであるから禁止のルールに抵触していないと言っているのである。
最高裁第3小法廷昭和41年11月22日決定(刑集20-9-1035)は、被告人が、「身寄りのない老人に対する社会福祉事業に対する寄付金」と偽って、寄付金名下に現金を騙取したという詐欺事件である。被告人は、社会福祉事業に使用すると言ったのではなく、社会福祉促進のために日蓮正宗の大御本尊様に祈念するので、その賛助金を求めたものであって、自己の祈念という宗教活動に対するお布施を求めたものであり、欺罔行為ではないと言って争った。原判決は被告人自身「本件と同様手段による詐欺罪により懲役刑に処せられ現在なお執行猶予中の身であり、本件犯行もその態様に照し詐欺罪を構成するものであるとの認識があつたと思われる」と判示して第一審の有罪判決を支持した。上告趣意は、原判決の認定は前科による犯罪事実の認定であり、大審院の判例に違反すると言って破棄を求めた。最高裁は、引用の大審院判例は「事案を異にし本件に適切でな[い]」と言って上告を退けたが、次のような説明を付け加えた。
「犯罪の客観的要素が他の証拠によって認められる本件事案の下において、被告人の詐欺の故意の如き犯罪の主観的要素を、被告人の同種前科の内容によって認定した原判決に所論の違法は認められない。」
この説示は、前科による有罪認定禁止に対する例外として、意図や計画性を認定する場合には前科を使用することが許されることを指摘したものであろう。昭和15年判決(結婚詐欺事件)ほどには明確ではないが、その趣旨は同じところにある。
要するに、わが国には100年近く前から他罪証拠や悪性格によって被告人の有罪を認定してはならないというルールが確立しているのである。大審院が明文の規定のないところから、その英知によってこのルールを築き上げ守り抜いてきたことは称賛に値する。そして、出発点となった大正7年判決の上告趣意や例外を宣言したその後の判例の内容からもわかるように、このルールは英米のコモンローが長年にわたって形成してきた性格証拠の法理をわが国に輸入し定着させようとするものであることは疑いない[5]。本件は、他罪証拠たる前科による犯人性の認定という新しい課題を最高裁判所に提供するものである。この課題自体、コモンローの性格証拠の法理の一適用場面である。したがって、ここでコモンローの性格証拠の法理を参照することは理にかなったことである。本件において最高裁判所が提示するルールは今後100年間にわたってわが国の刑事裁判で適用されるにふさわしいものでなければならない。その場の思いつきや便宜によってルールを作るべきではない。確かな根拠と説得力のあるルールを提示するためには、数百年にわたって営々としてこの法理を築き上げられてきた先人の英知に学ぶことが必要である。
【続く】
昭和2年(1927年)の大審院判例はつぎのようなものである。殺人予備と銃砲火薬類取締法施行規則違反(戎器携帯)事件の被告人の予審調書に「自分は3回賭博罪に処せられたる身」であるとの記載があり、それが有罪の証拠説明に記載されていた。これが採証法則に反するとして上告された。大審院は次のように述べた。
「元来前科ナルモノハ被告人ハ曾テ犯罪ニ依リ刑罰ニ処セラレタリト云フ過去ニ於ケル被告人性行ノ一端ヲ示スニ止マリ其ノ後ニ生シタル犯罪事実トハ何等関渉スルトコロナキモノナルカ故ニ被告人ニ前科アルノ事実カ証明セラレタル場合ニ於テモ其ノ事実ハ公訴ノ目的タル犯罪行為ノ成立ヲ断定スルニハ適当ナラサルモノナリトス従テ斯ル前科ヲ採リテ犯罪事実証明ノ資料ニ供シタリトセハ採証ノ法則ニ違反スルモノト云ハサルヲ得ス」
大審院はこのように前科を採用したこと自体を違法と断じた。しかし、この事案においては他の証拠で被告人の公訴事実が具体的詳細に証明されているので、証拠説明に瑕疵があったとしても判決に影響を及ぼさないとして上告を棄却したのである(大判昭2・9・3新聞2750-9)。
この二つの先例によって、前科は公訴事実認定の証拠たりえないとのルールは確立したと言える。その後の判例はこのルールが存在することを前提に、その例外が認められるか――どのような場合に前科は証拠能力を持つのか――という問題を論じるのである。
大審院昭和4年11月16日判決(刑集8-568)は「前科」というよりも被告人の暴力的な「性行経歴」の証拠能力を直接問題とした判例である。配下の者と共謀して公共工事の入札会場に乗り込んで、入札関係者に「自分ハ嘗テ喧嘩シタルコトモアリ又人ヲ斬リタルコトモアリ場合ニ依リテハ警察ヲ向フニ廻シテモ引ケヲ取ラヌ」などと脅迫して、「弁当代」などの名目で金員を要求し、「之ニ應セサレハ同人等ノ身體ニ危害ヲ加ヘントスルカ如キ態度ヲ示シ」て被害者らを畏怖せしめて金員を恐喝したというのが公訴事実である。原判決は、被告人が「常ニ配下ヲ擁シテ暴威ヲ逞フシ工事請負入札場ニ出入シテハ其ノ威力ヲ以テ入札關係人ヨリ金員ヲ強要シ痛ク世人ニ畏怖嫌厭セラレ居リ」という「性行経歴」を有することを認定したうえで、これをも参酌して有罪を認定したと説明した。これに対して上告趣意は、被告人の性行経歴等は抽象的な事実に過ぎないのであって、刑の量定の資料となることはあっても、性行経歴に基づいて犯罪事実を認定することは許されないと言って破棄を求めた。
大審院は、まず、被告人の性行経歴に基づいて犯罪事実を認定することは許されないという原則を述べる。
「犯人ノ性行經歴ハ之ニ依據シテ其ノ者ノ犯罪行爲ヲ認定スルノ資料ト爲スヲ許スヘキモノニアラス……之一ニ其ノ性行經歴ト犯罪行爲トノ間ニ何等交渉スル所ナキカ爲ニ外ナラサルヤ勿論ナリ」
こう述べたうえで、大審院は、性行経歴と公訴事実が「交渉スル場合」は別だという。
「犯人ノ性行經歴ト犯罪行爲トカ交渉スル場合ニ在リテハ決シテ敍上一般普通ノ事理ニ拘ハルヘキモノニアラスシテ其ノ犯罪ト交渉ヲ有スル限度ニ於テ證據ニ依リ認定セラルル性行經歴モ之ヲ亦當該犯罪認定ノ資料ト爲スヲ妨ケス」
大審院は、この事件においては「被告人等ノ世間周知ノ兇暴ナル性行」を被害者に示すという行為が恐喝行為の一端をなしていることから、被告人の性行経歴と犯罪行為とが「交渉スル場合」に当るとして、上告を棄却したのである。この判例は、後に指摘するように、前科に限定せずに、一般的に性格証拠禁止の法理を宣言したわが国最初の判例である。それと同時に、性格証拠禁止の例外の一つとして、性格それ自体が訴因の一部となっている場合には性格が許容されることを宣言したという点でも重要である。
大審院の判例の中には、このような性格証拠禁止のルールに対する例外としてではなく、そもそも前科による有罪認定ではないと言って上告を棄却するものもある。大審院昭和14年3月25日判決(大審院判決全集6-14-43)は、飲酒中に口論となり、小刀で喉を刺して出血死させたという傷害致死事件である。被告人は、留吉(被害者)が「此馬鹿野郎外ヘ出ロ」と言って外に出た後しばらく残って焼酎を飲み終え、もう留吉はいないだろうと思って小刀を持って表に出たところ、留吉が背後から飛びかかって来て、自分もろともよろけてその際に小刀が留吉の喉に刺さってしまったのであり、傷害に当らないと言って争った。原判決は事実説明の冒頭に「被告人ハ曩ニ其ノ妻ヲ殴打死ニ到ラシメタル為大正九年六月十四日千葉地方裁判所ニ於テ傷害致死罪ニ依リ懲役五年ニ処セラレタルコトアリ其ノ後昭和四年三月中八日市場区裁判所ニ於テ恐喝未遂罪ニ依リ懲役六月ニ昭和十一年八月三日同裁判所ニ於テ傷害罪ニ依リ罰金四十円ニ各処セラレタル等ノ素行経歴ヲ有スルモノナルトコロ」と判示した。上告審において、弁護人は、この説示は前科によって公訴事実を認定するものであると主張して破棄を求めた。大審院はここでも前科による犯罪事実の認定は許されないという原則をまず確認する。
「被告人ニ前科アリト云フカ如キ事実ハ……本来其ノ後ニ生シタル犯罪行為ト何等ノ関渉ナキ過去ノ事項ニ属スルヲ以テ被告人ニ前科アルノ事実カ証明セラレタル場合ニ於テモ其ノ事実ニ依リ公訴ノ目的タル犯罪行為ノ成立ヲ断定スルカ如キコトハ適当ノ措置ナリト為スヲ得サルヤ言ヲ俟タサルトコロナル」
しかし、これに続けて、大審院は、本件の場合は前科によって犯罪行為を認定しているのではなく、「単ニ被告人ノ性行経歴ノ一端ヲ叙スル」ものに過ぎずないと述べて、上告を棄却した。
「単ニ被告人ノ性行経歴ノ一端ヲ叙スルカ為前科アル事実ヲ判示スルカ如キコトハ固ヨリ法ノ禁止スルトコロニアラサルモノト云ワサルヘカラス原判決ニ依レハ判示犯罪事実ハ其ノ挙示セル証拠ニ依リ優ニ証明サラレテ間然スルトコロナク唯其ノ冒頭ニ於テ所論ノ如ク被告人又造ニ前科アルノ事実ヲ説示シアルモ之単ニ同被告人ノ性行経歴ノ一端ヲ掲ケタルニ止マリ斯ル事実ヲ採テ以テ判示犯罪事実認定ノ一資料ニ供シタルモノニ非サルコト原判文ヲ通読シテ容易ニ之ヲ了解シ得へク……。」
後に検討するように、英米コモンローの性格証拠の法理によれば、前科(他罪証拠)による有罪認定の禁止に対する例外の一つとして、意図や計画性の立証あるいは事故や不可抗力の主張に対する反証のためには前科(他罪証拠)を利用することが許される。この例外を適用したと考えられる大審院判例がある。大審院昭和15年3月19日判決(大審院判決全集7-12-26)がそれである。被告人は、資産家であると偽って結婚の意思もないのに結婚相談所を通じて女性に結婚を申し込み、返済の意思もないのにあるように装って、女性から事業資金として5000円を騙取したという詐欺の事実で起訴された。これに対して、被告人は、金銭を受け取った事実は認めるが、詐欺の意思を否認し、結婚の意思もあったし返済の意思もあった、騙し取るつもりはなかったと主張した。原判決は、被告人自身が供述する同種の結婚詐欺の前科を証拠として援用した。すなわち「自分ハ曾テ婦女ヨリ金品ヲ騙取スルコト等ニ依リ数回前科ヲ重ネタルカ昭和二年東京控訴院ニ於テ処分セラレタル前科ハ自分カ帝大ノ文学博士ナリト云ヒ或ハ恩賜ノ時計ヲ貰ヒタルカ如キコトヲ申シテ結婚スルト称シ五六人ノ婦人ヨリ金ヲ巻キ上ケタル事案ナリ次ノ前科ハ伊豆長岡ニ転地静養中看護婦ヲ引掛ケ金ヲ取リタル事案次ノ前科ハ喜多キヨカト一緒ニナリオル中自分カ医学博士池田ト偽名シ診療所ヲ開設シ次カラ次ヘト沢山ノ婦人ト関係シ女学校ノ先生ヲナシタル婦人ト一緒ニナリ金ヲ巻キ上ケタル事案ナリ」というものである。弁護人は上告趣意のなかで大正7年判決を引用して、前科による犯罪事実の認定であって採証法則に違反すると言った。しかし、大審院は次のように説示してこの主張を退けた。
「公訴事実ニ全然交渉ナキ単ニ前科アルノ故ヲ以テ公訴事実ヲ認定スルコトノ不法ナルハ論ヲ俟タサルトコロナリト雖被告人ノ性行経歴ニシテ其ノ犯行ト脈略交渉アリト解セラルルニ於テハ犯人カ斯クノ如キ性行経歴ヲ有スルモノナリト証拠ニ依リテ説示シ当該犯罪認定ノ資料ト為スニハ何等ノ妨ケアルコトナシ然リ而シテ原判決引用ニ係ル所論事項ハ被告人ニ前科アリトノ事実即チ単ナル受刑事項ノミヲ罪証ニ供シタルニ非スシテ原判示犯行ニ脈略交渉アリト認ムルニ難カラサル被告人ノ性行経歴ニ関スル原審公判廷ニ於ケル被告人ノ供述ヲ引用シタルモノト認ムルヲ正当トス従ツテ原判決ニハ採証上所論ノ如キ違法存スルコトナク論旨理由ナシ」
この事件でも大審院は前科による公訴事実の認定が原則として違法であることを確認したえで、本件は例外的に前科による認定が許される場合であると述べている。大審院は「犯行ニ脈略交渉アリト認ムルニ難カラサル」としか説明していないが、結婚詐欺の犯意を否認して結婚のつもりもあった返済するつもりもあったと主張する被告人に対して、同種の結婚詐欺の前科をもって反証して犯意を認定する場合であることは明らかであろう。
現行刑訴法は伝聞証拠や自白の許容性に関する幾つかの明文規定を設けたが、それ以外の証拠法のルールに関しては明文規定を設けなかった。いわゆる関連性の定義を定めた規定もないし、関連性のない証拠を排除する旨の規定もない。しかし、刑訴法295条1項の規定[3]などを根拠に、わが国においても法律的関連性を証拠能力の要件と考えるのが一般的である[4]。大審院が累次の判例を通じて確立した性格証拠の法理――なかんずく前科(他罪証拠)による公訴事実認定の禁止とその例外――を最高裁が変更したことはない。最高裁がこの問題を取り上げたのは次に掲げる2つの先例においてのみであるが、最高裁は大審院の遺産を引き継いだというべきである。
最初の先例は昭和28年の最高裁判決である。警察官である被告人が、逮捕した被疑者を取り調べる際に、頭髪を掴んで引張り、手拳で左目を殴打し、治療1週間の傷害を負わせたという特別公務員暴行陵虐の訴因である。訴訟の終盤になって、検察官は「被告人に暴行を加える習癖があることを立証するため」と言って、かつて被告人の取調べを受けたことのある者2人を証人申請した。弁護人は「類似事実の立証は裁判所に偏見又は予断を生ぜしめる」と述べて異議を唱えた。裁判所は「情状に関しての証拠として採用する」と宣言して、2人の証人(元被疑者)取り調べた。上告趣意は、この証人尋問は実質的に類似事実による悪性格立証を許したものであり、被告人の個人としての尊厳を犯し、かつ、予断偏見を抱き公平な裁判所ではなくなった裁判官によって行われた裁判であるから、憲法13条、37条1項に違反すると主張した。最高裁判所第3小法廷は次のように述べて、上告を退けた。
「第一審裁判所は、当事者双方に、要証事実に関する立証を一応尽さしめた後に、検察官の申請にかゝる所論の証人を、情状に関するものとして尋問しているのであつて、同裁判所も説示する如く、いわば要証事実に関する証拠調を終了し、量刑に関する諸般の情状を調査する手続上の段階において、右の如き証人尋問がなされたということができるのである。そして、所論証人尋問が、被告人に暴行の習癖のあることを立証せんとするにあつたとしても、それは勿論本件公訴事実の立証の為のものでなく、量刑に関する情状に関するものと認むべきであり、かかる証人尋問を、かかる手続上の段階において制限すべきいわれはないから、第一審の右の如き公判手続に所論の如き訴訟法の違反があるということはできない」(最3小判昭28・5・12刑集7-5-981)。
この判決が他罪証拠による公訴事実の認定は原則として禁じられるという大審院以来の法理を前提としていることは明らかであろう。そのうえで、この事件ではあくまでも「情状」として他罪証拠を受け入れただけであるから禁止のルールに抵触していないと言っているのである。
最高裁第3小法廷昭和41年11月22日決定(刑集20-9-1035)は、被告人が、「身寄りのない老人に対する社会福祉事業に対する寄付金」と偽って、寄付金名下に現金を騙取したという詐欺事件である。被告人は、社会福祉事業に使用すると言ったのではなく、社会福祉促進のために日蓮正宗の大御本尊様に祈念するので、その賛助金を求めたものであって、自己の祈念という宗教活動に対するお布施を求めたものであり、欺罔行為ではないと言って争った。原判決は被告人自身「本件と同様手段による詐欺罪により懲役刑に処せられ現在なお執行猶予中の身であり、本件犯行もその態様に照し詐欺罪を構成するものであるとの認識があつたと思われる」と判示して第一審の有罪判決を支持した。上告趣意は、原判決の認定は前科による犯罪事実の認定であり、大審院の判例に違反すると言って破棄を求めた。最高裁は、引用の大審院判例は「事案を異にし本件に適切でな[い]」と言って上告を退けたが、次のような説明を付け加えた。
「犯罪の客観的要素が他の証拠によって認められる本件事案の下において、被告人の詐欺の故意の如き犯罪の主観的要素を、被告人の同種前科の内容によって認定した原判決に所論の違法は認められない。」
この説示は、前科による有罪認定禁止に対する例外として、意図や計画性を認定する場合には前科を使用することが許されることを指摘したものであろう。昭和15年判決(結婚詐欺事件)ほどには明確ではないが、その趣旨は同じところにある。
要するに、わが国には100年近く前から他罪証拠や悪性格によって被告人の有罪を認定してはならないというルールが確立しているのである。大審院が明文の規定のないところから、その英知によってこのルールを築き上げ守り抜いてきたことは称賛に値する。そして、出発点となった大正7年判決の上告趣意や例外を宣言したその後の判例の内容からもわかるように、このルールは英米のコモンローが長年にわたって形成してきた性格証拠の法理をわが国に輸入し定着させようとするものであることは疑いない[5]。本件は、他罪証拠たる前科による犯人性の認定という新しい課題を最高裁判所に提供するものである。この課題自体、コモンローの性格証拠の法理の一適用場面である。したがって、ここでコモンローの性格証拠の法理を参照することは理にかなったことである。本件において最高裁判所が提示するルールは今後100年間にわたってわが国の刑事裁判で適用されるにふさわしいものでなければならない。その場の思いつきや便宜によってルールを作るべきではない。確かな根拠と説得力のあるルールを提示するためには、数百年にわたって営々としてこの法理を築き上げられてきた先人の英知に学ぶことが必要である。
【続く】