2010年11月09日

被告人が全面的に否認し無罪を主張する一方で、検察官が死刑求刑することが「予想される」という鹿児島の強盗殺人事件の場合は、公判審理は11月2日から17日までの10日間と指定され、判決期日は12月10日に指定された。裁判長は評議の期間を実に3週間に設定したのである(日本経済新聞電子版2010年11月2日13:24)。記者のインタビューを受けた裁判員候補者の1人は「裁判員になっても40日のうち有給で休めるのは4日間と勤務先に言われた。正直困っている」と言った(日本経済新聞電子版2010年11月2日1:55)

こうなると、裁判官の独断で裁判員になれる人材が絞られてしまうということになりかねないだろう。

それにしても、裁判長は一体何を根拠に審理期間の倍以上もの長きにわたって評議を行うべきだと考えたのだろうか。証拠関係が複雑で事実認定の評議が紛糾し、量刑の議論も錯綜すると裁判長は予想したのだろうか。もしそうだとしたら、裁判長はすでに事件について一定の予断を持っているとしか言いようがない。評議の時間まで予想できる裁判官と何も知らない裁判員との間の「情報格差」はすでに決定的である。

このような情報格差のある者同士が本当に対等の立場で評議などできるんだろうか。


plltakano at 21:51コメント(0)トラックバック(0)裁判員制度刑事裁判  このエントリーをはてなブックマークに追加

2010年10月27日

死刑が求刑された「耳かき殺人事件」では、公判がはじまる前に裁判官によって10月25日に最終弁論が行われ、11月1日に判決を言い渡すことが予定されていた。その予定は公判が始まる前にマスコミにも伝えられていた。そして、25日の公判の最後に裁判長は、判決の言い渡しは11月1日であることを改めて告げた。つまり、裁判官3人と裁判員6人による評議は10月26日から29日までの4日間であることが公判が始まるずっと前に裁判官によって決められ、公判の最終日に裁判長はあらためてその予定を確認したのである。裁判員との評議がはじまるずっと前に、裁判官たちは、一緒に評議をする同僚である裁判員たちには一切相談することもなく(まだ裁判員は選ばれていないから相談できない)、勝手に評議の予定時間を決めておいて、それを公的に宣言したということである。

これはこの事件に限ったことではない。これまでに行われた裁判員裁判の全て(正確な統計はまだ発表されていないが、多分1000件くらいであろう)において、公判前整理手続の段階で最終弁論の期日と判決言い渡し期日が決められている。つまり評議の予定時間が決められている。そして、その期間は1日のこともあれば3日のこともあるし、1週間というのもある。しかも、直前に弁護人が解任されたために公判自体を開くことができなかった1件を除いて、全ての事件で予定通りに評議が終了して予定通りの日に判決が言い渡されている。

これは実に驚くべきことである。しかし、これでいいんだろうか。一体裁判官たちは如何なる権限に基づいて裁判員との評議の時間まで決めてしまうことができるのだろうか。裁判官たちは如何なる情報と推理によって未知の市民たちとの評議の時間をあらかじめ「予定」できるんだろうか。そして、このような「予定」の存在は、裁判員たちが自由に意見を述べ議論を重ねることを制約していないのだろうか。

そもそも、評議の時間を予想するためには、どのような人が裁判員に選ばれ、彼らが評議室の中でどのような意見を述べ、どのように議論が進行し、その終息までにどのくらいの時間がかかるのかを推理しなければならないだろう。そのような推理を――しかも公判審理が始まる前に――行うことなど、およそ不可能である。そのようなことができる人間が存在するとは思えない。

これまで、全ての事件で予定された時間のとおりに評議が進行し評決に達し、予定の期日に判決の言い渡しができたのは、裁判官たちの予測能力が優れていたからでは決してない。裁判官たちが定めた予定を既定方針として、裁判員と裁判官がその方針に合わせて評議を行ったにすぎないのである。裁判員のなかには「もっと議論したい」と思いながら、判決言い渡し期日が翌日に迫っているので、議論を続けるのをあきらめた人もいるであろう。逆に、もう議論の種が尽きてしまい、早く評決してほしいと思っているのに、予定の評議時間が余っているので、つまらない雑談に付き合わされたり、長すぎる休憩時間をもてあましていた裁判員もいるかもしれない。あらかじめ「判決宣告期日」すなわち評議の制限時間を知らされている裁判員の多くは、充実した評議のためには裁判長が定めた予定であっても変更すべきだと裁判長に向かって進言する勇気など持っていない。

判決宣告期日の指定すなわち評議時間の指定は、「裁判員が発言する機会を十分に設けるなど、裁判員がその職責を十分に果たすことができるように配慮しなければならない」という裁判長の義務(裁判員法66条5項)と矛盾するのである。

公判前整理手続の目的は「充実した公判の審理を継続的、計画的かつ迅速に行うため」である(刑事訴訟法316条の2第1項)。ここに言う「公判の審理」とは公判廷で行われる審理すなわち当事者の冒頭陳述、証人尋問、最終弁論などの手続を意味する。評議は「公判の審理」ではない。評議は公判審理が終わった後に事実認定者が結論を導くために行う会議のことである。したがって、評議の進行をどうするかを公判前整理手続で決めることはできないのである。公判審理の進行を決める公判前整理手続が公判審理の当事者である裁判官、検察官、弁護人の参加によって行われなければならないように、評議をどのように進めるかは評議の当事者である裁判員がそろってから、裁判員とともに決められなければならないのである。

刑事訴訟法は、公判前整理手続において行うことができる事項として「公判期日を定め、又は変更することその他公判手続の進行上必要な事項を定めること」をあげている(316条の5第11号)。判決の言い渡しは公判廷で行わなければならないので(342条)、その日程も「公判期日」と言える。しかし、公判前整理手続で判決言渡しのための公判期日を指定することは許されないというべきである。なぜなら、判決言渡し期日の指定は「公判手続の進行上必要な事項」でないことは明白であるし、判決言い渡し期日の指定はすなわち評議時間の指定を意味するのであり、評議に入る前に裁判官だけで評議時間の指定をすることは許されないからである。

裁判所法75条2項は「評議は、裁判長が、これを開き、且つこれを整理する」と定めている。これは裁判長が評議の議事進行役(司会ないし議長)を務めることを定めたものであって、裁判長に対してそれ以上の特別の権限を与えるものではない。裁判員の意見を無視して評議を打ち切ったり、逆に、独断で評議を続けることを裁判長に認めたものではない。評議のタイムリミットを設定する独占的な権限を裁判長に与えてなどいない。裁判長は議事進行役にすぎないのであり、前述のように「裁判員が発言する機会を十分に設ける」義務が特に課せられているのである。

法令の解釈や訴訟手続に関する判断は法律解釈と訴訟手続の専門家である裁判官の専権であり、彼らだけの合議で決定される(裁判員法6条2項、66条3項)。これらの事項について裁判官が評議するときは、たとえ裁判員がこれを傍聴したり意見を述べることができたとしても(裁判員法68条2項、3項)、評議をいつまで続けるかは裁判官だけで決めることができるし、そうすべきである。これに対して、評議の中心的な課題である、事実の認定、法令の適用そして刑の量定については、裁判員と裁判官が対等の立場で評議し評決するものである(裁判員法6条1項、66条1項、2項、67条)。評議の時間を決定する権限が裁判官にだけ与えられ、裁判員には与えられていないのだとしたら、両者は全然対等な立場とは言えないだろう。

要するに、法は、裁判官たちに評議の時間を決める特別の権限を与えてはいない。評議の時間の決定については裁判員と裁判官は同等の権限を持っているのである。評議をどのくらいやっていつ打ち切るかを定めた法の規定はない。その決定方法を定めた規定もない。そうすると、評議をいつ打ち切るかは、会議の一般的なルールに従って決められることになる。すなわち、裁判員も裁判官も単独で、評議を打ち切り直ちに評決をすることを提案できる。この提案(評議打ち切り動議)が多数決で採択されたときは直ちに評決をしなければならない。逆に、打ち切り動議が否決されたときはさらに評議を続けることになる。

評議は当事者双方の最終弁論と被告人の最終陳述が済んだ後すぐに始めなければならない。事実認定者は公判廷で見て聞いた証拠に基づいて事実認定をするのであり、公判審理の「記録」に基づいて事実認定するのではない。だから、見聞した証拠の記憶が鮮明なうちに評議をしなければならないのである。評議を開始した段階ではいつ結論が出るかは分からない。だから、裁判長はこの段階で判決言い渡しのための公判期日を指定することなど出来ない。評議は結論がでるまで続けられる。休憩をとるか、一旦解散して翌日集まるか、それとも、このまま結論が出るまで夜中まで評議を続けるか。すべては裁判員と裁判官の話し合いで――意見が一致しなければ多数決で――決められる。そして、評議が進み、最終的な結論(評決)に達したならば、裁判長は判決言渡しのための公判期日を指定することができる。判決書の起案――裁判官の専門分野である――に要する時間を予想して。

「耳かき殺人事件」の評議の時間が4日である根拠は何だろうか。若園裁判長は何を根拠にそれを4日と見積もったのだろうか。彼は検事が死刑を求刑することを予想したのだろうか。仮に、裁判長が4日の根拠を説明できたとしたら、それは公判が始まるまえに彼が事件とその審理について予断を持っていたことを示すであろう。4日という数字には確たる根拠はない。それは単なる直観にすぎないのである。その直観によって1人の青年の生と死を決定する話し合いのタイムリミットが定められたのである。これ以上の不条理があるだろうか。


plltakano at 00:03コメント(2)トラックバック(0)刑事裁判裁判員制度  このエントリーをはてなブックマークに追加

2010年10月03日

報道によると、大阪地検特捜部で前田恒彦検事と一緒に仕事をしていた女性検事は、前田検事が証拠物のフロッピーディスクを改ざんしたことを知って、「上司」である特捜部副部長らに「前田検事と刺し違えてもいい。公表すべきだ」と訴えたということだ(毎日新聞2010年10月2日朝刊)。

マスコミは、どうやらこの話を一つの「美談」として語りはじめているように見える。一部の週刊誌は彼女を「美女検事」と表現し、腐敗した組織に立ち向かった勇敢な内部告発者として描いている。

しかし、私はそうは思わない。

この「美談」が成立する前提として、検察庁という国家機関が、普通の役所や会社のようなもので、その一員である検察官は「上司」の意向を無視しては如何なる公的な活動をする権限もない;外部に向けて発言できるのは「上司」だけだという思い込みがある。だから彼女はその組織の原理の枠内で勇敢にふるまったということになるのだろう。

しかし、検察官は普通の役人や会社員ではないし、検察庁は普通の役所でも会社でもない。

検察官は「独任制の官庁」と言われる。どういうことかと言うと、内閣総理大臣や県知事のように、一人の人間が――機関的な決定によらずに、個人の見識と判断に基づいて――法によって与えられた職務権限を行使することができるということである。たとえば、「検察官は、いかなる犯罪についても捜査することができる」(検察庁法6条1項、刑事訴訟法191条1項)、「検察官は、刑事について、公訴を行[う]」(検察庁法4条、刑事訴訟法247条)と法律は定めている。要するに、犯罪を捜査して被告人を刑事訴追し公判活動を行う権限は「検察官」にあるのであって、「検察庁」にあるのではない。検察官は一人で――「上司」に相談することなく――犯罪捜査や公訴の提起ができるし、一人でこれらのことをやらなければならないのである。それが法律の考え方である。

一人ひとりの検察官が外部からはもちろん組織内部の圧力をもはねのけて独立して職務を行えるように、法は検察官に対して裁判官とほぼ同じ身分保障を与えた。検察官は、定年退官や検察官適格審査会の議決によって罷免される場合を除いて、「その意思に反して、その官を失い、職務を停止され、又は俸給を減額されることはない」(検察庁法25条)。

検察官が法律のとおりに仕事をし、検察庁という組織が法律の通りに運営されているならば、「女性検事」は「上司」に訴える必要などなかった。資料をそろえて、自分で前田検事の逮捕状を取り、自分で記者会見を開いて、「本日、私は、大阪地検特捜部検事前田恒彦を証拠隠滅の被疑事実で逮捕しました」と発表すればよい。法は、疑問の余地なく、このような権限を彼女に与えている。

しかし、現実の日本の検察官は、法律のとおりに「独任制の官庁」として仕事をすることは決してない。そして、現実の日本の検察庁は、法律のとおりの組織ではなく、普通のお役所や会社と同じ程度に、あるいはそれ以上に、「上命下服」的な組織である。検察官が個人の判断で別の検察官を逮捕することなど現実にはあり得ない。それどころか、日常的なありふれた職権の行使ですら、常に「上司」の「決裁」なしには行えない。

たとえば、つい数日前にもこんなことを法廷で経験した。公判中にある証拠の取り調べ方法を巡って、検察官が異議を述べた。弁護人である私は検事の異議に反対の意見を述べ、裁判所は検察官の異議を棄却した。すると検察官は、「休廷を求める」と言ってきた。私は「休廷する理由はないので、手続を進めてください」と言い、裁判長は休廷を認めなかった。すると検察官は、さらに「休廷を認めない裁判長の処分に対して異議を申し立てる」と言って、こう述べた。

「われわれは検察庁として、組織として行動しています。今回の事態に対して今後どう対処するかは私の一存では決められません。上司と協議する必要があります。」

今回の裁判長は毅然として検察官の異議を却下し、訴訟を進行させたが、裁判官の中には、こうした「組織」を持ち出すやり方に乗っかり、非常に物わかりよく対応してしまう人が少なくない。組織的背景の全くない個人営業者である弁護士には理解できないやり取りが裁判官と検察官の間で繰り広げられるのを目撃することが良くある。

話を元にもどそう。要するに、現実の検察官は「独任制の官庁」などでは決してなく、個人として職権を行使しようなどとは全く考えていない。彼らにはそのような発想は微塵もない。彼らは組織の中で仕事をし、組織を通じて、組織の後ろ盾によって自らの「正義」を実現しようとするのである。

彼女は、2009年7月に前田さんの証拠改ざんの事実を知った。しかし、村木局長の事件の第1回公判が始まった後の今年1月末まで何もしなかったようである。報道によれば、彼女が「上司」に訴えたのは今年の1月30日である(毎日新聞2010年10月2日朝刊)。もしも第1回公判で偽証明書の作成日について弁護人から釈明が求められたりしなかったら、彼女は「上司」に訴えたのだろうか。そもそも彼女が「上司」に訴えなかったとしたら、前田さんはフロッピーディスク改ざんの顛末を書いた「上申書」を「上司」に出しただろうか。

今回のような「不祥事」を契機として、検察庁の役所的な締め付けが強化され、ただでさえ少ない検察官の個人的な権限がますます小さくなるとしたら、それは却って逆の効果をもたらすのではないか、と私は危惧する。むしろ、検察官個人に自由にその職権を行使させる方向への改革が必要である。個々の検事が、自分の仕事に選択の自由と責任を持ち、地域社会に対して説明責任を果たす。それこそが法が予定した検察官の姿であり、また、そうした独立自営の検察官が検察庁という組織のなかで協働し批判し合うことによって、たとえば今回のような事件を予防したり、不祥事を迅速に世間に伝え法に則った処理をオープンに行うことにつながっていくのではないかと思うのである。


plltakano at 23:31コメント(1)トラックバック(0)検察官  このエントリーをはてなブックマークに追加

2010年09月13日

20世紀の初め、ニューヨークの縫製工場で火災が発生し、その結果、10代の女工たちばかり400人(ヨーロッパからの移民の子供たち)が焼け死ぬという大惨事が起こった。縫製会社の社長は、女工たちがときどき非常階段の踊り場に出てタバコを吸って休憩するのを防ぐために(当時子供たちは週7日1日17時間の労働をする契約をしていた。)、非常階段に通じるドアをすべて釘付けしてしまったのだ。

社長は400件の過失致死罪で起訴された。検察側の証人にたった17歳の少女は、検事から「それで火事の日に何があったか話してください」と言われると、よどみなく、なめらかに、そして切々と、その悲劇を物語った。

反対尋問に立ったのは当代切っての公判弁護士マックス・ストゥア(Max Steuer 1870-1940)だった。彼の強みはその驚異的な記憶力である。彼は少女にこう言った。
「ソフィー、君の物語をもう一度言ってごらん」。

ソフィーはもう一度彼女の物語を繰り返した。その内容は、主尋問で彼女が語ったことと一言一句違わなかった。まったく同じ話を彼女は繰り返したのだった。

ソフィーが語り終えると、ストゥアは「もう1回話して」と言った。彼女がまた悲劇を語り終えると、ストウアは「じゃあ、もう1回」と告げた。

こうして証人が4度目の話を語り終えたとき、社長の弁護人はしかつめらしく、こう言った。
「ソフィー、君は、that というところを今回whichと言い間違いしましたね?」

証人はあわてて、「ごめんなさい。確かに間違えてしまいました。」と答え、また物語を繰り返そうとした。

弁護人は「反対尋問は以上です」と述べて着席した。

マックス・ストウアは、この事件の最終弁論でこう述べた。
「陪審員の皆さん、検察側は、皆さんが証人の真実の声を聞くのを妨害しました。彼は、証人の真実の声ではなく、あらかじめ覚えこまされた、お仕着せの物語を皆さんに聞かせようとしたのです。」

陪審は、8階建てビルの全ての非常口の扉を釘付けした社長を無罪放免した。

今日の法廷技術の考え方からすると、このような反対尋問はほとんどあり得ない。
「オープンな質問をするな」
「主尋問を繰り返すな」
というのは反対尋問のもっとも基本的な作法である。私もそう教えている。俳句の世界に自由律俳句があり、ジャズの世界にアヴァンギャルドやフリージャズがあり、現代音楽に無調や12音階技法があるように、法廷技術の世界にも基本的な掟を無視した世界があるようである。しかし、決して良い子は真似してはいけない。十分に基本をマスターした後で挑戦すべき領域というべきだろう。

むしろ今日の日本の法廷には、基本的なルールを全く知らないままに、自由に聞きたいことを脈絡なく聞きたい方法で聞いているとしか思えないような、反対尋問が横行している。それは、戦略も何もないただの時間つぶしであり、依頼人を含む多くの人の貴重な時間と財産を奪っている。こうした尋問者にとってもマックス・ストゥアの反対尋問は無縁の世界の話である。



参考文献:
Irving younger, “The Art of Cross-Examination” ( American Bar Association, 1976).


plltakano at 22:17コメント(1)トラックバック(0)刑事弁護の歴史  このエントリーをはてなブックマークに追加

2010年08月27日

先日裁判員裁判用の評議室を覗く機会があった。大阪地裁の裁判員法廷を利用して行う法廷技術の研修会があり、講師たちはお昼のお弁当を評議室で食べることになった。一緒にランチをした大阪の弁護士によると、第3刑事部(樋口裕晃裁判長)の評議室だということだ。

会議用の円卓に9つの椅子、ほかにソファやマガジンラックなどもあり、くつろいだ雰囲気で評議ができるように配慮されている。冷たい水のサーバーもある。広さは12、3坪ということころだろうか。

ひときわ目を引いたのは、A2サイズの紙10枚ぐらいに拡大印刷して掲示してある、裁判員向けの文章である。それは横2メートル・縦1.5メートルくらいのもので、ホワイトボードに張り付けられていた。裁判長から裁判員へ向けてのメッセージのようなものである。その不格好な貼り紙を見て、私は、口頭できちんと説明する自信がないのかと揶揄したい気持ちと、部屋に入るたびに繰り返し確認できるようにという配慮なのだという肯定的な気持ちと、相半ばしつつ文章を目で追った。

しかし、すぐに肯定的な気分は吹き飛んでしまった。

「刑事裁判のルール」という見出しでこう書かれている。

「被告人が有罪であることは、検察官に、証明する責任があります。
「被告人が有罪か無罪かは、法廷に提出された証拠だけに基づいて判断します。
「新聞やテレビなどで見たり聞いたりしたこと、検察官や弁護人による事件の見方等についての意見は、証拠ではありません。
「証拠を検討した結果、常識に従って判断し、被告人が起訴状に書かれている罪を犯したことは間違いないと考えられる場合に、有罪とすることになります。」

裁判員法39条は、選任されたばかりの裁判員と補充裁判員に対して裁判長は「裁判員及び補充裁判員の権限、義務その他必要な事項」を説明するものとする」と定めている。そして、この規定を受けた裁判員規則36条は「裁判長は、裁判員及び補充裁判員に対し、その権限及び義務のほか、事実の認定は証拠によること、被告事件について犯罪の証明をすべき者及び事実の認定に必要な証明の程度について説明する。」と定めている。最高裁判所規則制定諮問委員会は、2007年5月、一つの参考資料として、この説明の文例(「39条の説明例」)を発表した。実際に行われている裁判員裁判で多くの裁判長はこの文例のっとって裁判員に説明していると多くの法律家は考えている。今回私が見た文章も明らかに「39条の説明例」を下敷きにしている。

しかし、よく読むと決定的に異なる部分がある。

「39条の説明例」には次のように書かれている。

「被告人が有罪であることは、検察官が証拠に基づいて明らかにすべきこと、つまり証明すべきことになっています。ですから、検察官が有罪であることを証明できない場合には、無罪の判断を行うことになります。
「被告人が有罪か無罪かは、法廷に提出された証拠だけに基づいて判断しなければなりません。新聞やテレビなどで見たり聞いたりしことは、証拠ではありません。ですから、そうした情報に基づいて判断してはいけないのです。また、検察官や弁護人は、事実がどうであったか、証拠をどのようにみるべきかについて、意見を述べます。これも裁判員の皆さんと裁判官の判断の参考にするために述べられるのであって、証拠ではありません。
裁判では、不確かなことで人を処罰することは許されませんから、証拠を検討した結果、常識に基づいて判断し、被告人が起訴状に書かれている罪を犯したことは間違いないと考えられる場合に、有罪とすることになります。逆に、常識に従って判断し、有罪とすることについて疑問があるときは、無罪としなければなりません。」(強調は引用者)

両者の違いは明らかである。評議室に貼り出された「刑事裁判のルール」には、いま引用した文章のうち太字イタリックの部分が欠落している。これらは全て「無罪」に関する記述である。評議室の文章はどのような場合に有罪判決をするのかということは書かれているが、どのような場合に無罪判決を出すのかについての説明が全くない。そして、この刑事裁判の最も基本的なルールの存在理由についての簡潔な説明――「裁判では、不確かなことで人を処罰することは許されません」――が消えている。

私は、愕然とした。ちょっと動揺した。そして憤った。ここまでやるのかよ!そう心の中で叫んだ。

評議室という密室の中で、裁判官はその気になれば、誰にも気づかれずに巧みな方法で裁判員を誘導することができる。これこそまさに、陪審制にはない、裁判員制度の宿命的な危険性である。私は評議室のなかの貼り紙の前でこの危険性が現実のものであることを実感した。
大阪地裁評議室2010-08-19R



plltakano at 13:18コメント(2)トラックバック(0)刑事裁判裁判員制度  このエントリーをはてなブックマークに追加

2009年06月23日

先月21日の裁判員法施行から1カ月間の裁判員対象事件の起訴件数は135件ということである。http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20090623AT1G2302G23062009.html これはどう考えても異常な数字である。最高裁判所のHPに掲載されている「裁判員対象事件数(平成16〜20年)によると、裁判員法が成立した平成16年以降の裁判員対象事件数は次のとおりである。http://www.saibanin.courts.go.jp/shiryo/pdf/04.pdf

平成16年 3,800件 月平均 316.6件
平成17件 3,633件 月平均 302.7件
平成18年 3,111件 月平均 259.2件
平成19年 2,645件 月平均 220.4件
平成20年 2,324件 月平均 193.7件

裁判員法が成立してから起訴件数が年々減少している。そのこと自体、甚だ不自然なものを感じるが、それにしても、裁判員法施行後1か月の起訴件数が135件と言うのは、それ以前と比較しても特異な減少率である。

これまで起訴された135件の中に否認事件は1件でもあるのだろうか。

このままでは、裁判員対象事件になるような重罪事件では被疑者は自白さえしなければ起訴されず、放免されてしまうことになるだろう。裁判員の仕事は、検察の有罪判断を確認するだけの実に退屈な仕事になってしまうだろう。


plltakano at 22:10コメント(13)トラックバック(0)検察官裁判員制度  このエントリーをはてなブックマークに追加

2009年06月14日

最近同業者から次のような話を立て続けに聞かされた。
「強盗致傷の事件で、勾留満期まで数日あるのに、5月20日付で突然起訴された。」
「強盗致傷の否認事件で、裁判員事件になると意気込んでいたが、不起訴になった。」
「強制わいせつ致傷事件で……(以下同文)。」
「強盗致傷事件だったが、強盗だけで起訴された。」

どうやら検察は、裁判員裁判になる事件のえり好みを始めたらしい。もともと日本の検察官はとても負けず嫌いであり、間違いなく有罪判決が取れると確信しない限り起訴しないし、起訴した以上何が何でも有罪にしようとあらゆる手を尽くす。5月21日の裁判員法の施行は、日本検察の有罪至上主義を刺激して、起訴事件のさらなる厳選に拍車をかけているようである。

この出来事が示しているのは、検察官が、職業裁判官よりも一般市民の方が有罪の証明責任を重くとらえるだろうと予想していることである。裁判官なら有罪にしてくれそうな事件でも、市民は無罪に投票するかもしれない。だから、その可能性のある事件は、多少無理してでも裁判員法が施行されるまでに起訴してしまう、あるいは起訴を控える、さらには罪名を軽くして裁判員対象事件から外してしまう。そういうことである。

弁護士のなかには検察が起訴事件を厳選することを良いことだと考えている人が多い。犯罪捜査の対象になるだけでなく、刑事裁判の被告人になることは個人にとって非常に大きな負担である。まして、保釈が認められずに何か月も、ときには何年も身柄を拘束されて刑事裁判を受ける個人の悲惨さは、多くの弁護士が目の当たりにしている。だから、できるだけ早く個人を刑事システムの網から解放することは良いことだというのは理解できる。しかし、被疑者個人の利益を離れて刑事司法全体の健全さということに目を転じると、この現象を「良いことだ」と喜んでばかりはいられない。むしろ、この現象は非常に不健全な現象だというべきではないだろうか。

事件が不起訴になるということは、その事件が裁判所という公共的審判機関によって判断を受けないということである。誰でも傍聴できる公開の法廷で証人尋問が行われ、証言に基づいて司法機関である裁判官や裁判員が、被告人が有罪なのか無罪なのか、そして有罪ならばどのような刑が相当なのかを判断するというプロセスが一切行われない。手続が打ち切られ被疑者は解放されるが、その判断は捜査訴追の一方当事者である検察官だけのものであり、その判断の根拠となる資料は検察官の事件ファイルの中に封印される。通常の市民はそのファイル(不起訴事件記録)にアクセスすることはできず、したがって、検察官の判断のプロセスを公共の場で議論することは不可能となる。犯罪被害者が不起訴処分を不当として検察審査会に審査の申立てをしたとしても、検察審査会の審査は非公開であるから、事件と検察の判断が公共的に議論されないという事態は変わらない。要するに、不起訴というのは事件を公共的なフォーラムで議論することを回避し、事件の情報を検察に独占させる装置なのである。

検察官は刑事事件の捜査と訴追の専門家である。だから、彼らが「有罪判決が取れるに違いない」と判断した事件の多くは裁判官によって有罪の認定を受けるであろう。確かに、最終的に有罪無罪の判断をするのは裁判官である。しかし、検察官が事件を厳選すればするほど、裁判官は検察官の判断を信頼するようになる。そして、多くの事件を一定期間の間に――したがって効率的に――処理しなければならない裁判官は、検察官の判断への信頼なしには生活できなくなる。「検察官が起訴した以上、よほどのことがない限り有罪に違いない」「この程度の事件を一から審査するのは時間の無駄だ」「どうせ間違いないのに、なぜこの弁護人はわざわざ証人尋問を要求するのだろうか。迷惑な話だ」。

しかし、人間の仕事は完ぺきではありえない。とりわけ、情報を独占し他者からの批判にさらされない仕事は、独善に陥りがちである。検察官が「有罪判決がとれる」と確信する事件の中には必ず無罪の事件が含まれている。裁判官が検察官の確信は必ずしも事件の真相を反映していないということを理解しているならば、裁判官は弁護人の指摘にも耳を傾け、無罪の発見のための努力をしようとするだろう。けれども、はじめから「検察が事件を厳選して起訴したのだから、まず間違いない」という予断をもって裁判をするならば、弁護人の意見や被告人の弁解を真摯に受け止めることはできなくなる。証拠を検察の描いた有罪の構図によってしか見られなくなる。その結果、無実の人に有罪の判決を言い渡しても、そのことを自覚できず、何度でも同じ過ちを繰り返すことになる。

裁判員裁判では、一つの事件だけのために、裁判の経験が全くない市民が6名加わることになる。彼らによって職業裁判官の「有罪バイアス」は緩和されるだろう。しかし、職業裁判官が裁判員の身近にいて「同僚」として仕事をする。普通の市民は裁判官を尊敬し、評議室の中でも裁判官の言動を重く受け止めるだろう。したがって、裁判官の「有罪バイアス」は多かれ少なかれ裁判員に伝播せざるをえない。

検察が裁判員対象事件を厳選し、通常の事件以上に有罪証拠の豊富な事件ばかり起訴するようになれば、裁判員がその市民感覚を事実認定に注入する余地は、完全になくならないまでも、非常に少なくなるだろう。どうせ有罪なんだという意識は、裁判員のやりがいを削ぎ、長期的には裁判員制度を形骸化させる危険性を生み出すだろう。被告人の犯罪とそれへの刑罰は、結局、検事がきめるのであって、裁判員の仕事はそれを追認するだけだ。これでは何のために市民が刑事裁判に参加するのか分からない。

犯罪被害者の立場に立ってみよう。本当は強盗致傷や強制わいせつ致傷の被害者なのに、検事が臆病で有罪至上主義であるために、ワン・ランクもツー・ランクも下の窃盗や条例違反の被害者と認定される。場合によって、犯人は刑事司法から完全に解放されてしまう。これで正義が実現されたと言えるだろうか。

検察庁法によれば、検察官の仕事は「公益の代表者」として「公訴を行い、裁判所に法の正当な適用を請求[する]」ことである(検察庁法4条)。刑事手続における検察官の目標は、裁判に勝つこと(有罪判決を獲得すること)ではなく、正義を実現することである。国民は彼らの自意識やメンツのために税金を払っているのではない。当事者主義の訴訟を通して真実に根ざした正義が行われ、その営為を通じて自由と秩序が保たれることを期待して、高度の能力をもった専門家を雇っているのである。

われわれはこれから数年間の検察統計と司法統計に着目すべきである。裁判員対象事件の起訴率と他の事件の起訴率の変化に特に注意しよう。もしも、裁判員対象事件の起訴率が、他の事件と比較して、有意に減少したとしたら、それは、日本の検察が国民の福祉よりも自分たちの面目を保つ方が重要だと考えていることを示している。そして、それは、裁判員裁判の健全な発展にとって大きな障害物になる可能性がある。


plltakano at 01:23コメント(1)トラックバック(0)検察官裁判員制度  このエントリーをはてなブックマークに追加

2009年06月09日

報道によると、秋田地裁の馬場純夫裁判官は、窃盗事件の共犯者の一人に懲役1年2か月の実刑を、もう一人に懲役1年6か月執行猶予4年の刑を言い渡した後で、休廷し、再開後にそれぞれの刑を宣告し直し、改めてそれぞれ懲役2年の実刑と懲役2年執行猶予4年の刑を言い渡した。馬場裁判官が刑の宣告し直しをした理由は、検事の求刑を聞き間違えたから(懲役2年6か月の求刑を1年6か月に聞き間違えた)ということである(MSN産経ニュース2009年6月9日http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/090608/trl0906081948007-n1.htm)。

判決の言い渡しは公開の法廷における宣告つまり口頭の言渡しによって行われる(刑事訴訟法342条)。判決書というものが作られるが、それは言い渡した判決の内容を記録し証明する文書にすぎない。したがって、口頭で言い渡した内容と判決書の内容に食い違いがあるときは、口頭で言い渡した方が判決であるということになる。判決は宣告が完了した時点で完成する。宣告が終わった後でその内容に誤りがあることが分かっても、言渡しをした裁判官にはそれを訂正することはできない。上訴審の裁判官が当事者の上訴に基づいて原判決を破棄して訂正できるだけである。唯一の例外は最高裁判所が言い渡す判決である。最高裁判決には上訴できない。そのかわり、最高裁自ら判決の訂正をするという制度がある(刑事訴訟法415条)。

けれども、最高裁判所の判例によると、第1審裁判所が判決を言い渡す公判期日が終わるまでは――裁判長が「それでは刑の言い渡しを終わります。閉廷します」と言うまでは――、いったん言い渡した刑を訂正し、その言い渡しをやり直すことができる(最判昭51・11・4刑集30‐10‐1887)。今回の手続が実際どうだったのか分からないが、おそらく、馬場裁判官が閉廷を宣言する前に、検事が発言したので(「裁判長、すいません。私の求刑は1年6カ月ではなく、2年6カ月でした」というような感じで)、馬場氏は聞き間違いに気がついて、休廷をして一旦法廷の外に退いたのだろう。そうだとすれば、まだ、公判期日は続いていることになるので、言渡しのやり直しはできることになる。

しかし、問題は、「検事の求刑の聞き違い」ということが言い渡しやり直しの正しい理由となるのか、ということである。この点でも前出の最高裁判例は参考になる。事案はこうである。窃盗事件の判決宣告期日に裁判官が懲役1年6カ月・5年間の保護観察付執行猶予の判決を朗読した。すると、立ち会っていた裁判所書記官が裁判官に、被告人の犯行は前の刑の保護観察期間中のものだと指摘した。すると、裁判官は、約5分間検討したのち、「先に宣告した主文は間違いであったので言い直す」と告げて、改めて懲役1年6か月の実刑を言い渡した。このケースについて、最高裁判所は、先に指摘したように、判決言渡しのやり直し自体は有効だと述べたが、しかし、それと同時に、最高裁判所は、この裁判官の量刑判断は甚だしく不当なものであって、破棄しなければ著しく正義に反すると言って、判決を破棄して、あらためて懲役1年6か月・5年間保護観察付執行猶予の言渡しを行った。最高裁が量刑不当を理由に判決を破棄し自判した非常に珍しい先例となった。最高裁判所は次のように述べている。

「被告人には、前記のとおり、保護観察付き刑の執行猶予の懲役刑の前刑があったが、第1審の判決宣告期日以前に執行猶予期間が経過し、刑の言渡しが効力を失っていたため、本件において被告人に対して刑の執行猶予を言い渡すことには法律上の支障はなかった。……第1審裁判官が保護観察付き刑の執行猶予を実刑に変更したのは、前者が実質的にみて妥当でないとの判断に基づくものではなく、前刑の保護観察中に犯した犯行であるため法律上執行猶予とすることが許されないとの誤解に基づくものと解するほかない。……これらの諸点を総合して考察するときは、第1審裁判官が当初に宣告した刑をもって被告人に臨むのが正義にかなうものというべきであ[る]。」(刑集30‐10、1892頁)

つまり、当初に言い渡した刑を変更した実質的な理由が、法律の誤解というようなそれ自体根拠のないものであるならば、その量刑変更は不当であり、著しく正義に反するというのである。

さて、検事の求刑の“聞き間違い”は量刑を変更する正当な根拠といえるんだろうか。それはありえない。私はそう思う。法律の定めによれば、被告人の刑を決めるのは裁判官である(裁判員対象事件では裁判官と裁判員。裁判員法6条1項3号)。検察官にも弁護人にも、刑を決める権限はない。検察官と弁護人は証拠調べが終わった後に事実と法律の適用について意見を述べることができる(刑事訴訟法293条)。検察官はこの意見陳述の最後に、どのような刑が相当であるかの意見を述べるのが慣例であり、これを「求刑」と呼び習わしている。しかし、裁判官が検事の求刑に拘束される法的な根拠はどこにもない。それを参考にするかどうかは法的には裁判官の全くの自由にゆだねられている。求刑の10分の1の量刑をしても良いし、求刑を超える刑を言い渡すのも裁判官の自由である。

求刑を正しく聞こうが聞き間違えようが、裁判官は判決を言い渡す前にいくらの刑が正義にかなったものなのかを考えたはずである。実際に考え、そして、その判断に専門家としての自信があるならば、検事の求刑などどうでもいいはずである。法廷で検察官から指摘があっても、「ああそうですか」と受け流すことができたはずである。

しかし、馬場裁判官はそうしなかった。求刑の聞き間違いを指摘されるや直ちに考え直し、そして、量刑を検事の求刑に寄り添うように重く言い直した。

世間では良く、裁判官の量刑は検事の求刑の八掛けだと言われている。もしもそれが本当だとすれば、日本の刑事被告人は裁判官による裁判を受けていないことになる。なぜなら、量刑を実質的に決めているのは検事だからである。被告人を懲役8年にしたければ検事は10年を求刑すれば良い。4年にしたければ5年。簡単な算数だ。日本の職業裁判官はそれが現実であることを決して認めない。馬場純夫裁判官も認めないだろう。しかし、行動は言葉よりも雄弁である。立会検事から「それ違いますよ」と指摘されるや、すごすごと引っ込んで刑を変えるというのは、あまりにも見事に誰が刑を決めているのかを示している。まるでカリカチャーそのものだが、これは紛れもなく日本の司法の現実である。


plltakano at 21:31コメント(2)トラックバック(0)刑事裁判裁判官  このエントリーをはてなブックマークに追加

2009年03月06日

江東区の女性殺害事件(星島事件)の公判で検察官は切断された被害者の肉片や骨片の写真200枚以上を法廷内のモニターに映して冒頭陳述や被告人質問を行い、姉の証人尋問では被害者の元気だったころのスナップ写真を使ったスライドショーを行ったということである。報道によると、これらは「裁判員制度を強く意識した立証」であり(日本経済新聞1月26日夕刊21頁)、東京地検はこの公判を裁判員裁判のモデルと位置づけ、「裁判員にも法廷で見てもらうというメッセージを込めた」と説明したそうである(MSN産経ニュース2009年1月20日http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/trial/214068/)。しかし、裁判員裁判ではこうした人の感情をかきたてて理性的な判断を誤らせる可能性のある証拠の利用は慎重であるべきである。陪審裁判が行われているアメリカではこうした証拠の利用を裁判官が拒否することは珍しくない。わが国においても現行法の運用としてこうした証拠を排除することは可能なことであり、そうすべきである。

関連性のルール

裁判で提出される証拠は紛争の解決に役立つものでなければならない。裁判で争われている事実の解明に役立つものであって初めて証拠としての資格がある。たとえば、被告人が被害者を殺したのか、被告人の行為によって被害者は亡くなったのか、犯行は計画的なものか、衝動的なものか。事実認定者の前に提出することが許されるのは、このような事実の存否の認定に役立つものでなければならないのである。すなわち、訴訟の帰結に影響を与える事実の蓋然性を高めたり低めたりする傾向を持つものでなければ証拠としては使えないのである。このような傾向のことを法律家は「関連性」(“relevance”)、あるいは次に述べる「法律的関連性」と区別する意味で、「自然的関連性」(“natural relevance”)と呼んでいる。

事実の存否の判断に多少なりとも影響を及ぼすもの――自然的関連性のある証拠――であっても、その証拠を見聞きすることによって却って事実認定者を真相から遠ざける危険性のある証拠というものが存在する。たとえば、被告人の前科や悪評というような証拠は、いま起訴されている犯罪の証明にとって多少の意味を持つかもしれないが、被告人が特定の犯罪を犯した証拠としての意味は小さい。その半面、被告人に対する予断や偏見をもたらし、さらに裁判の争点を混乱させることにもなりかねない。だから前科や悪評は起訴されている犯罪を証明する証拠としては使えないのである。一般的に、訴訟の帰結に影響を与える事実の認定に役立つ程度(証拠価値)とその証拠によってもたらされる予断・偏見、争点の混乱、重複・時間の無駄というような弊害の程度を比較して、後者の弊害が前者の価値よりも実質的に重いときには、その証拠を裁判で使うべきではない。この価値と弊害の比較考量の結果を法律家は「法律的関連性」(“legal relevance”)と言い、法律的関連性が「ある」とか「ない」とか言って、証拠の採否を決めるのである。

アメリカでは、連邦でも州でも、この自然的関連性と法律的関連性のルールが制定法によって定められている(例えば、連邦証拠規則401、403)。日本には関連性の一般原理を定めた条文は存在しない。しかし、ある資料が証拠として裁判で利用されるためには「関連性」が必要であるという考えは昔から実務で認められており、前科や悪性格は犯罪認定の証拠にならないというのは大審院以来の判例でもある(大判昭2・9・3新聞2750−9、和歌山地決平13・10・10判タ1122−132)。だから「法律的関連性」というルールはわが国でも一般的に承認されていると言える。訴訟関係人が「事件に関係のない事項」や「重複」する事項の陳述をすることを制限し、当事者が冒頭陳述で「偏見又は予断を生ぜしめる虞のある事項」を述べることを禁止している法律の条文(刑事訴訟法295条、296条)に関連性のルールの制定法上の根拠を認める考えもある。

感情をかきたてる証拠

さて、アメリカの刑事裁判では、法律的関連性のルール――証拠価値と弊害の比較考量――が適用されるべき典型的な場面の一つとして、「感情をかきたてる証拠」(inflammatory evidence)の問題がある。しばしば問題となるのが、殺人事件における被害者の腐敗したり酷く損傷した死体の写真や解剖写真、そしてそれと対比させられる生前の被害者の健康的な写真である。

陪審員の感情をかきたてる写真だというだけでは排除されない。裁判官はその写真が陪審の感情をかきたてて理性的な判断を妨げる危険性の度合いと、事実認定のための証拠としての価値を比較検討しなければならない。そして、証拠価値よりも危険性の方が実質的に上回っているときには、裁判官はその証拠を採用せず陪審に見せない――証拠排除する――のである。この危険性と価値の比較考量は裁判官の裁量的な判断とされている。したがって、上訴審の審査においても、裁判官の判断は尊重される。しかし、判断の誤りの程度が大きいときには、裁量権を濫用して被告人の公正な裁判を受ける権利を侵害したとされる。

アメリカの判例集にはこの問題を論じた判例がたくさんある。1979年のカンサス州最高裁判所の判例は次のようなケースである。殺人事件の公判で検察官が被害者の遺体の写真14枚を提出したが、そのうちの一枚は解剖写真であり「顎から股間にかけて切り開かれ、臓物を抜き取られた食肉加工場の牛のように横たえられている。胸の皮の一部は遺体の顔を覆い、胸部と腹部の臓器が曝け出されている」というものであった。この事件では被害者の死因については実質的に争われておらず、政府側の専門家証人が死因は刃物の刺し傷による出血死であると明言している。確かにいくつかの写真は凶器が体内に侵入した角度や深さを陪審が判断する助けにはなるが、同じ点を重ねて立証するために解剖写真を何枚も見る必要性はない。こう述べて、裁判所は「この証拠の唯一の可能な目的は、陪審員の心をかきたてることである。」と結論し、有罪判決を破棄して差し戻した。State v. Boyd, 532 P.2d 1064 (Kan. 1975), at1068.

強盗殺人の現場に横たわる被害者の写真――「被害者の破壊された顔、頭部の傷、血痕、そして、雪の上の頭の周囲に散らばる肉片と脳の一部」――について、訴追側は、銃で頭部を撃たれたとき被害者の頭部が地面に近い位置にあったこと、そして、強盗が終わった後に被害者を殺害するだけの目的で殺人が行われたことを立証するために必要であると主張したが、ペンシルベニア州最高裁判所は次のように述べてこの主張を退けた。

「写真が感情をかきたてるもの(inflammatory)とみなされるときには、裁判所は、その写真の本質的な証拠価値が高度のものであり、それを取調べる必要性が、陪審の精神と情緒をかき乱す可能性を明らかに上回るものであるのかどうかを比較考量(balancing test)しなければならない。……確かに、ペンシルベニア州警察のマコモンズ刑事は公判でその写真を見て、被害者が撃たれたとき、その頭部は地面に近いところで地面と平行の状態だったという意見を述べた。しかし、刑事はそう証言するためにその写真を見る必要はなかったのである。なぜなら、彼は事件後に現場で死体とその状態を観察しているからである。実際のところ、マコモンズ刑事は、わざわざ写真を見なくても実際に見たことを述べ、自らの観察に基づいて意見を言うことができたのである。」Commonwealth v. Rogers, 401 A.2d 329 (Pa. 1979), at 330.

反対に、その写真が被害者の身元や死因を明らかにしたり、さらには犯行態様や被告人の意図を証明する証拠として価値をもち、その価値が陪審の感情をかきたてて理性的な判断を妨げる危険性よりも大きいときには、証拠として採用される。See, e.g., State v. Needs, 591 P.2d 130 (Idaho 1979); State v. Watts, 441 N.W. 2d 395 (Iowa 1989).

被害者の生前の写真についても、同様の証拠価値とリスクの比較考量が行われる。被害者の身元や身長などの身体的特徴を証明する証拠として価値がある場合は許容されるが、陪審の感情に訴えるだけのものであれば、許容されない。See, e.g., Ricci v. State, P.2d 79 (Nev. 1975); State v. Finch, 975 P.2d 967 (Wash. 1999).

星島事件の場合

法律的関連性のルールがわが国にも妥当することは先に述べた通りである。そして、アメリカ人の感情をかきたてる死体の写真はやはり、日本人の感情をもかきたてるだろう。そうすると、アメリカの裁判官が行わなければならない比較考量を日本の裁判官もやらなければならないということである。

星島事件の場合どうなるだろうか。この事件の訴因は殺人と死体損壊遺棄である。被告人は訴因を全く争っていない。星島貴徳氏は東城瑠璃香さんを殺してその死体をバラバラに切り刻んで捨てたことを争っていない。被害者の身元も争点になっていない。したがって、被害者の肉片や骨片の写真や彼女の生前のスナップ写真は、訴因を証明する証拠としてはほとんど価値がない。

訴因を裏付ける客観的な証拠として骨や肉片などの物的証拠が必要だとしても、それらを発見した捜査官の供述やそれらのDNA鑑定をした専門家の意見があれば十分であり、むしろそれらの方が証拠価値が高い。そしてこれらはすでに証拠として取り調べられている。

それでは、これらの写真は量刑事情を証明する証拠として価値を持つだろうか。この事件では量刑――死刑にすべきかどうか――がまさに争点である。だから、瑠璃香さんの肉片や骨片や生前の写真が被告人に死刑を選択させる証拠として価値を持つならば、それを採用することも許されるだろう。しかし、これらの証拠が死刑選択のための証拠として価値を持つことはありえない。

本件において検察側は死刑を正当化するほどの「犯行態様の残虐さ」を証明するものとしてこれらの証拠が必要だと言うのかもしれない。しかし、死刑の適用基準を示した永山事件最高裁判決が基準の一つとして掲げているのは「殺害の手段方法の執拗性・残虐性」であって、死体の処理方法については問題にしていない(最2小判昭58・7・8刑集37‐6‐609)。骨の写真にしろ肉片の写真にしろ、それらはすべて死体損壊の態様を示すものにすぎない。星島氏は瑠璃香さんの首に包丁を刺して殺害したのであって、生きている彼女を切り刻んで殺したわけではない。

最高裁は「犯行後の情状」を死刑適用基準の一つとして挙げている。しかし、死体損壊の方法はこれに含めることはできない。なぜなら、死体損壊罪は殺人とは別の犯罪なのであり、どのような方法で死体を傷付けても懲役3年を超える量刑をすることはできない。法律はそれを許していないのである(刑法190条)。とうてい死刑を正当化することはできない。

被害者の生前の写真は、殺人によって失われたものが何だったのかを示す証拠だと言える。しかし、殺人罪の量刑を正当化するのは人の命を奪ったという事実である。その人が具体的にどのような人生を歩んでいたのかによって、量刑に差が出ることは今日の社会では正当化できない。家族や仕事に恵まれ幸福な人生を送った人を殺した場合と、暗く凄惨な生活を重ねてきた人を殺した場合とで、量刑に差があって良いという理屈はない。

要するに、本件における被害者の写真の利用はいずれも、訴訟の争点を理性的に解決するための証拠ではない。それらは事実認定者の感情に訴えるだけの意味しかないのである。わが国における「法律的関連性のルール」が適用されるならば、この裁判において被害者の肉片や骨片そして生前の写真を利用することは許されなかったのである。

冒頭陳述や弁論における写真の利用

仮に写真の証拠価値が認められて証拠として許容されたとして、その写真を冒頭陳述や最終弁論でどのように使っても良いということにはならない。法律的関連性が認められて採用された写真であっても、最終弁論でその写真を本来の目的のために使うのではなく、事実認定者の感情をかきたてるために用いるのであれば、その手続は違法である。

この点についてもアメリカにはいくつかの先例がある。強盗事件の最終弁論で検察官が被害者の死体(被害者は事件の後に他殺体で発見された。しかし、被告人は殺人では起訴されていない。)の写真を示して「ジョン・ウィリアムズ[被害者]はもはやこの世にはいません。彼はまさに人生の花の時代を奪われたのです」と述べたことについて、インディアナ州最高裁判所は、次のように述べて、これは被告人の公正な裁判を受ける権利を奪ったものであるとして有罪判決を破棄した。

「これは殺人事件ではない。上訴人による強盗事件の成否が問われているのである。……ウィリアムズの死体の写真を示して、彼の死の責任が上訴人にあることを強調する検察官の熱狂的な最終弁論は、上訴人が公正な裁判を受けなかったとわれわれに信じさせる状況の一つというべきである。」Adler v. State, N.E.2d 171 (Ind. 1967), at 173.

星島事件において、被害者の写真が有罪無罪の証拠としても、量刑の証拠としても証拠価値がないことはすでに述べた。検察官は、冒頭陳述で被害者の肉片や骨の写真を示して「これは……捜索で見つかった肉片の一部です。真ん中のくぼんだ所はおへそです。へその上には、東城さんが生前開けていたというピアスの穴と一致します。……下に映っているメジャーからも分かるように、すべて5センチ角程度に切り刻まれています。これは、指の一部です」などと述べた(MSN産経ニュース1月13日http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/trial/212005/)。また、検察官は最終弁論の中で次のように述べて被害者の遺体が切り刻まれたことをことさらに強調した。

「[星島被告は]東城さんの手足から肉をそぎ取り、まな板の上で切り刻みました。その翌晩には、東城さんの胴体から腹や胸の肉をそぎ取り、臓器をまな板の上で切り刻みました。さらに翌晩…、耳をそぎ、頭蓋骨(ずがいこつ)をのこぎりで切りました。骨はゴミ袋に入れて隠していましたが、腐らせて強烈な腐臭が発生したため、犯行が発覚しないように鍋でゆでました。星島被告は東城さんの遺体を、自己の生活と体面を守るために邪悪な“物”として無残に扱いました。」「1カ月以上も汚水の水流に耐えた骨片は、忍耐強かった東城さんの悔しさ、無念さを訴えかけているかのようです。」MSN産経ニュース2009年1月26日、http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/090126/trl0901261449015-n1.htm

この最終弁論の意図は、死刑選択の基準に照らして本件では死刑を選択することが合理的であることを論証するというようなものではなく、事実認定者の感情をかきたて燃え盛る怒りに基づく判断を求めるものである。このような弁論は公正な裁判の対極にあるものである。

結論

これまでの刑事裁判は、「裁判官はプロフェッショナルであり、感情に流されず理性的に裁判をするものである」という前提で行われていた。この前提が正しいのかは大いに疑問がある。しかし、証拠の許容性の判断をするのが当の裁判官であるから、「この証拠は裁判官(すなわち自分自身)の理性を狂わせる」などというストイックなルールの適用を期待すべくもなかった。しかし、裁判員裁判ではこのフィクションはなくなる。評議室の中で正義と理性に基づく評議が行われるためには、法廷に提出される証拠の選別が必要である。すなわち、裁判員裁判が成功するためには、法律家が証拠法の厳格な適用に意を用いることが不可欠なのである。
以上


plltakano at 22:59コメント(6)トラックバック(0)刑事証拠法刑事裁判  このエントリーをはてなブックマークに追加

2009年02月14日

アール・ロジャーズの父はメソジスト教会の牧師だった。父はアールにも説教師になって欲しかったが、アールは医者になりたかった。しかし、学費が工面できずその夢は果せなかった。若くして結婚した彼は、ロサンゼルスで新聞記者として働いた。裁判の取材をしたことがきっかけで弁護士を志す。19世紀のアメリカには司法試験などというものはなかった。弁護士の下で一定期間修行を積んで地元の法曹協会への所属が認められれば弁護士として仕事ができた。

彼は刑事事件が嫌いで民事弁護士を志した。彼の運命を変えたのは1899年地元の有力弁護士ジェイ・ハンターを射殺した配管工ウィリアム・アルフォードの事件だった。弁護士になって2年目の彼が弁護人に任命された。依頼人は拳銃を持っていたのに対して、被害者は杖をもっていただけだ。依頼人は被害者からいきなり杖で叩きつけられて転倒し、さらに襲い掛かってくる被害者に夢中で拳銃を向けたと正当防衛を主張した。しかし、検視官は、銃弾はハンターの体内を「下に向けて」貫通していると証言し、アルフォードの言い分を否定した。

ロジャーズはハンターの小腸がアルコール漬けで保管されていることを知った。彼は裁判所に腸を取調べることを要求した。ハンターの腸が法廷に持ち込まれ、法医学の専門家はそれを点検して、「銃弾は上から下ではなく、前かがみになっているハンターの下から上に向けて発射されたと考えられる」と証言した。アルフォードは無罪放免され、ロジャーズは一躍有名になった。

彼は25年間の弁護士人生で189件の無罪評決を獲得した。有罪評決は20件足らずと言われている。77件の殺人の公判で74件の無罪を得ている。

彼のモットーは「われわれは誰の弁護でもする」(“We defend everybody.”)というものだった。

妻を娼婦として働かせたうえ、別の女性と懇ろになり、邪魔になった妻を殺したという嫌疑で起訴された被告人の弁護では、二人が言い争いをしているのが聞こえその直後に銃声がしたという証言に対して、妻は耳が良く聞こえないので、被告人はいつも妻と怒鳴り声で話していた、妻は自分の境遇を気に病んで自殺したのだという弁論を行った。無罪の評決を得て放免された依頼人はロジャーズに握手を求めた。ロジャーズは手を引っ込めてこう叫んだ。

「近寄るな。薄汚いヒモ野郎!君が有罪だってことは分かっているだろう!」

密室の中で3人の男が口論となった。銃声に続いて2人の男が部屋から飛び出してきた。部屋の中には一人の男の遺体と凶器となった拳銃が残された。拳銃に指紋はなく、二人の男はお互いにもう一人の男が犯人だと言い合った。ロジャーズは二人から依頼を受け、別々の公判で二人とも無罪にした。

「もしもあなたが有罪なら、アール・ロジャーズを弁護人に雇え」

世間ではそういうことになっていた。

あるとき彼の事務所を中国人の男が訪れ、殺人の弁護に幾らかかるかと尋ねた。ロジャーズの返事を聞いたその男は財布の中身を数えて、安心した様子で事務所を出て行こうとした。
「ちょっと待ちなさい。一体どういうことなんだ」、ロジャーズが尋ねると、男はこう答えた。
「奴を殺してくるから、ちょっと待っててくれ」。

アール・ロジャーズは徹底的な準備をして法廷に臨んだ。「どんな役者も彼ほどリハーサルをしない」と言われた。しかし、彼は自分が準備をしていることを同僚にも判らないようにしていた。全く無防備に法廷に臨んでいるように見せたがった。彼はいつもきちんと散髪し、上等の三つ揃えを着て法廷に臨んだ。トレードマークの鼻眼鏡をマジシャンのように扱って、相手の証人を見据えて、情け容赦のない反対尋問で血祭りにあげた。

フランシス・ウェルマンは「アール・ロジャーズは今日反対尋問の技術として知られているものを発明した」と称えた。

ロジャーズは再現証拠(demonstrative evidence)の創始者としても有名である。バーのポーカーテーブルで起った殺人事件の公判で「被告人が拳銃で被害者を撃つのを見た」という検察側証人を反対尋問するために、ロジャーズは血に染まったポーカーテーブルと椅子を法廷に持ち込もうとした。「トリックだ」「茶番劇だ」と言って検察官は異論を唱えた。裁判長にこの「前例のない暴挙」を認めさせるために、ロジャースは熱弁を振るった。

「かつては裁判をすることもなく人の首が刎ねられました。スターチェンバーの閉ざされた扉の中で、被告人は、弁護を受けることもなく、有罪を宣告されて、そして広場で絞首刑にされました。人間性に根ざした偉大な歩みの幾つかが踏み出された結果、最初の、公正で自由で開かれた陪審裁判が行われたのです。幸いなことに、何人も、前例がないという理由でこの偉大なる考えから後退しようとすることはありませんでした。本件が陪審のために正確な犯罪現場を法廷に再現した最初の事例だからと言って、検察官にはそれを『トリック』と呼ぶ権利があるでしょうか。神の名において私の答はNOです。

「ジョンソン証人はこの空間とこの時間においてある出来事が起ったと証言しました。しかし、私はそれを信じませんし、それは不可能なことなのです。私には、その現場を再現して、彼が宣誓のもとで起ったという出来事をその場で再現させる権利と義務があるのです。そうすることで陪審はジョンソンの語る物語が信じられるかどうかを自ら確認することができるのです。」

裁判長はロジャーズの要請を認めた。ロジャーズはジョンソンを事件のときと同じ席に座らせて、被告人と被害者の位置には彼らが被っていたのと同じシルクハット――被害者のものには穴が開いている――をおき、被告人の懐中時計、凶器となった拳銃などを次々に繰り出していき、ひとつひとつ出来事を再現する尋問をしていった。恐ろしいほどの臨場感と緊張感のなかで、弁護人が巧妙に組み立てた尋問の結果、ジョーンズは、被告人が被害者を殺害した後、今度は自分に銃口を向けたといいながら、何も言葉を発せず動揺もせずその場にいたという不自然な供述に固執し、自ら拳銃を手に取ったことを認めた。そしてついには、トイレで手についた火薬火傷を洗ったのではないかという問に、「私は、洗ったのかな?」と自問してしまった。被告人は無罪放免された。

1912年、陪審を買収したことで起訴された偉大な労働弁護士クラレンス・ダローはアール・ロジャーズを自分の弁護人に選んだ。ロジャーズは、気落ちしがちがダローを勇気づけながら、彼を「人民のために身命をささげるヒーロー」として描くことに努めた。証拠は圧倒的にダローに不利であったが、ダローは無罪となった。

ダローはロジャーズを「すべての時代を通じて最も偉大な刑事弁護士」と称賛した。

ロジャースの弱点はその破天荒な私生活と酒であった。依頼人をおいて酒場に行き、明け方まで飲み続けて、トルコ風呂でアルコールを抜いて法廷に行く、などという生活を続けていた。「酔っ払ったロジャーズは、この国のどんな弁護士が素面のときにやる弁護よりもましな弁護をする」という人もいた。

「長生きなんかしたくない。『老いぼれアール・ロジャーズ』なんて言われたくない」

娘のアデラに、彼はそうぼやいていたという。アデラは小学校に上がる前から彼の公判に付き添い、ロジャーズの相談相手にもなっていた。彼女は、1920年代から30年代にかけてジャーナリストとして活躍し、その後はハリウッド映画の脚本家、小説家として多くの作品を残している。父の生涯を描いたFinal Verdictはベストセラーとなり映画化もされている。

晩年のロジャーズはますます酒びたりになり、公判予定を忘れてしまうほどになった。父の生活を案じたアデラは禁治産宣告の申立てを行った。ロジャースは法廷で娘を反対尋問した。

ロジャーズは証言台の娘に近づき例の鼻眼鏡を取り出すと、ほんの数秒だけそれを揺らめかせるとすぐに内ポケットにしまい込んだ。

「ノラ[アデラの愛称]、私の顔を見てくれるかい。」彼女は父の顔を見た。
「ノラ、君は本当に私が狂っていると思っているのか?」
「いいえ、違うの、パパ。……そんなこと……。」
「じゃあ、君は」、ロジャーズは裁判長の机の上の書類を示して、言った、「この茶番を続けて私を拘束しておきたいのか。」
「違うわ、パパ……」。証人は泣き崩れた。

ロジャーズは嗚咽する娘の肩を抱いて、親族や記者連中が見守るなかを歩いて法廷を出て行った。娘は申立てを取り下げた。

1922年2月22日ロサンゼルスの安宿でアール・ロジャーズは52歳の生涯をとじた。

ロサンゼルスの弁護士でもある小説家アール・スタンレー・ガードナーはアール・ロジャーズをモデルに「ペリー・メイソン」を創り出したと言われている。

参考文献:
Alfred Cohn & Joe Chisholm, “Take the Witness!” (The New Home Library, New York, 1943, Originally Published in 1934).
Adela Rogers St. Johns, Final Verdict (Signet, New York, 1972, Originally Published in 1962).
Michael Lance Trope, Once Upon a Time in Los Angeles: The Trials of Earl Rogers (The Arthur H. Clark Company, Spokane, Washington, 2001).

plltakano at 20:17コメント(2)トラックバック(0)刑事弁護の歴史  このエントリーをはてなブックマークに追加
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高野隆

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